[[index.html|醒睡笑]] 巻4 いやな批判
====== 3 一生読み書きののぞみもなくただ富貴して世を送る人あり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
[[n_sesuisho4-029|<>]]
一生読み書きののぞみもなく、ただ富貴して世を送る人あり。名を福衛門と付き、惣領(そうりやう)を市太郎、弟を市次郎とて、貧者(ひんじや)集まり、手をつかね膝をかがめ、もてはやしけり。
ある時、市次郎をはじめて見たる、「これはどなたにて候ふや」と問ふに、「あれこそ市太郎殿の舎弟候ふよ」と語る。「されば、かりそめ見たる体(てい)、兄御(あにご)より舎弟の器量はまして」など讃めけり。
その一座過ぎて、市次郎、親に向かひて、「われに何とも名がなくは大事もないが、幸ひ父(てて)の市次郎と付けておかれたるに、ややもすればうつけ者が来ては、『市太郎の舎弟、市太郎の舎弟』と言ふ。とうどこれか気の毒や」と。
福右衛門、聞きて、「さあらうずる。それほどのことをばこらへよ。世の中は不請(ふしやう)ばかりぞ。われが前でも、福右衛門といふ名をば言はずして、ひょうふつと、『市太郎殿御親父(ごしんぶ)』とさへ言ふほどに」。
[[n_sesuisho4-029|<>]]
===== 翻刻 =====
一 一生よみかきの望もなく唯富貴して世を/n4-27l
送る人あり名を福衛門とつき惣領を市太ら
弟を市次らとて貧者(ひんしや)あつまり手をつかね
ひざをかかめもてはやしけりある時市次郎を
始(はしめ)て見たるこれはとなたにて候やととふにあ
れこそ市太郎殿の舎弟候よとかたるされはかり
そめ見たる体あにごより舎弟の器量(きりやう)はまして
なとほめけり其一座過て市次ら親にむかひ
てわれになにとも名がなくは大事もないか幸
てての市次らとつけてをかれたるにややもす/n4-28r
れはうつけ者が来ては市太郎の舎弟市太郎の舎弟と
いふたうとこれか気(き)の毒(どく)やと福右衛門ききてさ
あらふするそれほとの事をはこらへよ世中はふし
やうはかりぞわれかまへでも福右衛門といふ名をは
いはすしてひょうふつと市太郎殿御親父(しんふ)と
さへいふほとに/n4-28l