[[index.html|醒睡笑]] 巻3 文の品々
====== 9 さもとらしき女房の下衆など連れたるが清水寺に詣で来て・・・ ======
===== 校訂本文 =====
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さもとらしき女房の、下衆(げす)など連れたるが、清水寺に詣で来て、舞台のこなたかなた立ちやすらひしが、順礼の、矢立(やたて)を差し、侍(さむらひ)めけるあるを見付け、下衆をつかはし頼みやう、「近ごろはばかり覚え候へども、人のくれし文の返りごとを、誰(たれ)頼まん者もなし、ひたすらに扶持(ふち)を得ん」とあれば、とやかうの斟酌(しんしやく)に及ばず、傍らにいたりぬ。
女房、懐より料紙(れうし)取り出だし渡し、いろいろの文(ぶん)を好む。かの順礼は、いろはをさへ習はぬ者なりしが、今度西国物詣での楽書をせんまでに、「筑後の国の住人柳川のなにがし」と、これよりほかは一字もなし。黒みづくるほど、紙一重ねに書きくどきたり。文のうち、いづれもいづれも、「筑後の国の住人柳川のなにがし」と上書(うはがき)ともにこれなれば、恋のさめたる風流や。
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===== 翻刻 =====
一 さもとらしき女房の下主なとつれたるが
清水寺にまうで来て舞臺のこなたか
なた立やすらひしが順礼のやたてをさし
侍めけるあるを見つけ下主をつかはしたのみ
やうちかころはばかりおほえ候へとも人のくれ
し文のかへり事をたれたのまん者もなし/n3-34l
ひたすらにふちをえんとあれはとやかうの斟
酌におよはすかたはらにいたりぬ女房懐より
料紙とりいたしわたしいろいろのふんを好む
彼順礼はいろはをさへならはぬ者なりしか
今度西国物詣の楽書をせんまてに筑後
の国の住人柳川のなにかしとこれよりほ
かは一字もなしくろみずくるほと紙一
かさねに書くときたり文のうちいつれもいつれも
筑後の国の住人柳川のなにかしとうは/n3-35r
かきともにこれなれは恋のさめたる風流や/n3-35l