[[index.html|醒睡笑]] 巻2 貴人の行跡 ====== 10 大相国の御前に二徳かしこまりぬ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho2-029|<>]] 大相国((豊臣秀吉))の御前に、二徳かしこまりぬ。「いかなれば、おのれはこのほど見えなんだぞ」と御諚(ごぢやう)ある。「されば、九世(くせ)の戸の文殊より、『参れ』といふ告げにより、参詣つかまつりたる」よし、申し上ぐる。「何と、文殊に会ふたか」と御尋ねあり。「なかなか、御目にかかつて御言伝(おことづて)がござある」。「何とあるぞ。言上せよ」とあれば、「二徳めに目かけてたもれ。とと様、かか様」と申ければ、そのまま落涙ありしとなり。 かくてこそ、神は正直のかうべにやどらせ給はんずれ。((この行、底本一字下げで小書き。)) ただ大人は、うかとしたる体(てい)にて、いろいろのことを言はせ聞き、その良きを行ひ、悪しきを捨て給はんが肝要なり。時の威(ゐ)に恐れ、たまたまも御気に入ることばかりこそ申さんずれ、国のため、人のために良き道は申さぬなり。「大臣重禄不拯諫、小臣畏罪不敢言、下情不上通、此患之大也(大臣は禄を重んじて諫めを拯(いた)さず、小臣は罪を畏れてあへて言はず、下の情上に通らず、これ患の大きなるなり)」と後漢書((『後漢書』陳忠伝))にあり。 [[n_sesuisho2-029|<>]] ===== 翻刻 ===== 一 大相国御前に二徳かしこまりぬいかなれは   をのれは此ほと見えなんたそと御諚あるされは   九世の戸の文殊より参れといふ告に   より参詣仕たるよし申上るなにと文殊に   あふたかと御尋あり中々御目にかかつて   御言伝か御座あるなにとあるそ言上せよと   あれは二徳めに目かけてたもれととさま   かか様と申けれはそのまま落涙ありしと也    かくてこそ神は正直のかうへにやとらせ給はんすれ/n2-19r   唯大人はうかとしたる体にて色々の事   をいはせきき其よきを行あしきをすて給   はんか肝要也時の威にをそれたまたまも   御気に入事斗こそ申さんすれ国のため   人のためによき道は申さぬなり大臣ハ重   禄不拯諫小臣畏罪不敢言下情不上   通此患之大也と后漢書にあり/n2-19l