[[index.html|醒睡笑]] 巻1 祝ひ過ぎるも異なもの ====== 1 けしからずものごとに祝ふ者ありて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho1-132|<>]] けしからずものごとに祝ふ者ありて、与三郎といふ中間(ちうげん)に、大晦日の晩言ひ教へけるは、「今宵はつねよりとく宿に帰り休み、あすは早々起きて来たり門を叩け。内より、「誰(た)そや」と問ふ時、『福の神にて候ふ』と答へよ。すなはち戸を開けて呼び入れん」と、ねんころに言ひ含めて後、亭主は心にかけ、鶏(にはとり)の鳴くと同じやうに起きて、門に待ちゐけり。 案のごとく戸を叩く。「誰そ、誰そ」と問ふ。「いや、与三郎」と答ふる。無興(ぶきやう)なかなかながら、門を開けてより、そこもと火を灯し若水を汲み、羹(かん)をすゆれども、亭主、顔のさま悪しくて、さらにもの言はず。 中間、不審に思ひ、つくづくと案じゐて、宵に教へし福の神をうち忘れ、やうやう酒を飲むころに思ひ出だし、仰天し、膳を上げ、座敷を立ちざまに、「さらば福の神とござある。おいとま申し参らする」と言うた。 [[n_sesuisho1-132|<>]] ===== 翻刻 =====     祝過るも異なもの 一 けしからす物毎(こと)にいはふ者ありて与三郎と   いふ中間に大晦日の晩(はん)いひをしへけるは今   宵(よひ)はつねよりとく宿(やと)にかへりやすみあす   は早々おきて来り門をたたけ内よりたそや   ととふ時福の神にて候とこたへよすなはち   戸をあけてよひいれんとねんころにいひ   ふくめてのち亭主は心にかけ鶏(にはとり)のなく   と同やうにおきて門にまちゐけりあんの/n1-65l   ことく戸をたたくたそたそととふいや与三郎と   こたふる無興中々なから門をあけてよりそ   こもと火をともしわか水をくみかんをすゆれ   とも亭主かほのさまあしくてさらに物   いはす中間ふしんにおもひつくつくと案し   ゐてよひにをしへし福の神をうちわすれ   やうやう酒をのむころにおもひ出し仰天(きやうてん)し   膳をあげさしきをたちさまにさらは福の   神と御座あるおいとま申まいらするといふた/n1-66r