[[index.html|醒睡笑]] 巻1 謂へば謂はるる物の由来
====== 41 世話に鬼味噌といふは何ぞ・・・ ======
===== 校訂本文 =====
[[n_sesuisho1-040|<>]]
世話に「鬼味噌」といふは何ぞ。
ある山寺に修行底なき僧、老年を久しく住せしが、かれ円寂の後、看坊をすゆるに、一夜を明かしてみれば跡なし。いくたりも右のごとくなるまま、恐れてかの寺に住せんといふ者なし。
ある時、行脚の比丘来たるに、件(くだん)の旨(むね)を語り聞かする。すなはち、「われゐてみん」と言ふ。「あないたはしや、また取られんことよ」とは思ひながら、寺を渡しぬ。
件の看坊、しんしんと座す。三更の後、僧一人来たれり。「そちは誰(た)そ」。「われはこの前住なり」と。「なんぢ、世を去つてほどありと聞く。いかなれは再来する」。「われ、なんぢをあはれみ、一鉢(ぱつ)の飯を与へんため」と。「不思議なり。亡魂(ばうこん)の作法につひに聞かず」と言ふ。かの霊(りやう)、「われは鬼にもなり、畜生ないし食物(しよくもつ)にも神通無碍(じんづうむげ)なり」と語る。さらば、湯漬けを出だし、焼味噌(やきみそ)を添へて振舞はれよ」。「やすきこと」と身を変じ焼味噌となりしを、口へ入れ、一なめにしけり。
その後は、かの寺に何の祟りもなければ、案の外(ほか)煩ひなく住みぬ。このいはれにより、音(おと)は恐しさうに聞こえ、させる手柄も奇特(きどく)もえせぬものを、「あれは鬼味噌ぢや」と、一口には言ふよし。
[[n_sesuisho1-040|<>]]
===== 翻刻 =====
一 世話に鬼味噌と云はなんそある山寺
に修行底なき僧老年を久住せしかかれ
円寂の後看坊をすゆるに一夜をあかして
みれは跡なしいくたりも右のことくなるまま恐れ
て彼寺に住せんといふ者なし有時行脚の/n1-21l
比丘(ひく)来るに件の旨(むね)を語(かたり)きかする即我ゐ
てみんといふあないたはしや又とられん事よ
とは思ひなから寺をわたしぬ件の看坊
しんしんと座(さ)す三更の後僧一人来れりそち
はたそ我は此前住也と汝世をさつてほどあ
りと聞如何なれは再来(さいらい)する我汝をあはれみ
一鉢(はつ)の飯をあたへんためと不思議也亡(はう)
魂の作法に終(つゐ)にきかすといふ彼霊(りやう)我は鬼
にもなり畜生乃至食(ちくしやうないししよく)物にも神通無碍(しんつうむけ)/n1-22r
なりとかたるさらは湯つけを出し焼味噌(やきみそ)を
そへてふるまはれよやすき事と身を変し
焼味噌となりしを口へ入れ一嘗(なめ)にしけり
其後は彼寺になにのたたりもなけれは
案(あん)の外(ほか)煩(わつらひ)なく住ぬ此いはれにより音(をと)はお
そろし左右に聞えさせる手柄(から)も奇特(きとく)も
えせぬものをあれは鬼味噌ぢやと一口
にはいふよし/n1-22l