[[index.html|醒睡笑]] 巻1 謂へば謂はるる物の由来 ====== 37 娘一人に聟三人といふことは・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho1-036|<>]] 「娘一人に聟三人」といふことは、昔、富める人の娘を持ちたりしが、ある時舟遊びに出でぬ。いかがしたりけん、娘、船端(ふなばた)を踏みはづし水に落ち入りぬ。父母、驚き悲しみ、高札を打つやう、「この娘を助けたらんを必ず聟にせん」とあり。 占ひする者来たり。「いづくのほどにその姿あり」と教ふる。また河だちの上手一人来たり。「われ取り上げん」と言うて、すなはち抱(いだ)き上げたり。されども、息たえてなし。時に医者(くすし)来たり。薬を与へふたたび蘇(よみがへ)りぬ。 その後、卜人(ぼくじん)いはく、「われ始め娘のありどころを言ひてあればこそ、取り上げたれ。聟にならん。また、水練((底本表記「水連」。))がいはく、「われ抱き((「抱き」は底本表記「頂」。))上げずんば、なんとして蘇生すべき。われ聟にならん」。また医師言へらく、「われ薬を与へずんば、いかでかふたたび寿(じゆ)を保つべき。われ聟にならん」と争ひ、所の地頭に伺ひければ、批判左右(さう)なく済まず。 つひには都に上り、多賀の豊後守((多賀高忠))に議を受けければ、「さることあり。『欲界に生を受くる者、凡(およそ)三百六十種』と記せる中に、人これが長(ちやう)たり。婚合(こんがふ)の法、形を交ゆるにあり。しかる時は、水練の者、娘に身をそへ膚を触れたり。これをこそ、もつとも聟に取るべけれ」と掟(おきて)しぬ。 [[n_sesuisho1-036|<>]] ===== 翻刻 ===== 一 娘ひとりに聟三人と云事は昔冨る人の   むすめをもちたりしかある時舟あそひに   出ぬ如何したりけん娘ふなはたをふみはづし   水に落入ぬ父母おとろき悲み高札をうつ   やう此娘をたすけたらんを必聟にせんと/n1-19l   ありうらなひする者来りいつくのほとに其   姿ありと教る又河たちの上手一人来り   我とりあけんといふて即いたきあけたりされ   とも息たえてなし時に医者来り薬をあたへ   二度蘇ぬ其後卜人云我始娘のあり処を云   てあれはこそとりあけたれ聟にならん又水   連か云我頂あけすんはなむとして蘇生すへ   き我聟にならん又くすしいへらく我薬をあ   たへすんは争二度寿を保つへき我聟にならん/n1-20r   とあらそひ所の地頭に伺けれは批判左右   なく済す終には都にのほり多賀の豊後守   に義をうけけれはさる事あり欲界に生を   うくる者凡三百六十種としるせる中に   人これか長たり婚合の法形をましゆるにあり   しかる時は水練の者娘に身をそへ膚をふれた   り是をこそ尤聟にとるへけれと掟しぬ/n1-20l