撰集抄 ====== 巻8第32話(107) ※前話のつづき ====== ===== 校訂本文 ===== 鳥羽院((鳥羽天皇))の御位のはじめに、御鞠遊びのありけるに、鞠を御前に出だされんずるありさまのことをば、侍従大納言成通((藤原成通))の、その人にあたりていまそかりけるに、いかなる障(さは)りの侍りけるにや、日のたけぬるまで参り給はねば、帥大納言経信卿((源経信))のはからひにて、松の枝に鞠を付けて出だされけるに、成通の卿、参り合ひ給ひて、「悪しとよ。御世のはじめの春の鞠をば、柳の枝にこそ」とて、付け直され侍り。 松はいつも緑にして、春をこむる色はせちに見えざむめり。柳は春の緑、何にもまさりたるなればなり。 そののち、はるかに年経て、成通六十(むそぢ)にかたぶき給ひて後、二条院((二条天皇))の御世のはじめには、御鞠遊びの時、俊成中納言((藤原俊成))の、竹の枝に鞠を付けて出だされけり。侍従大納言、伝へ聞きて、「この人、父の俊忠の中納言((藤原俊忠。[[m_senjusho08-31|前話]]参照。))にはまさりにけり」と、ほめ聞こえ給へり。 されば、かやうのことをば、問ひとぶらはで、いかにとしてか知り侍るべき。 ===== 翻刻 ===== 鳥羽院の御位の初に御鞠遊のありけるに鞠 を御前に出されんする有様のことをは侍従大納 言成通の其人にあたりていまそかりけるにいか なるさはりの侍りけるにや日のたけぬるまてま いり給はねは帥大納言経信卿計にて松の枝に 鞠をつけて出されけるに成通の卿まいり合給て あしとよ御世の始のはるの鞠をは柳の枝にこ そとてつけなをされ侍り松はいつもみとりに して春をこむる色は切に見ゑざむめり柳は春 のみとり何にもまさりたるなれは也其後遥に/k261r としへて成通六そちにかたふき給て後二条 院の御世の始には御鞠あそひの時俊成中納言 の竹の枝に鞠をつけて出されけり侍従大納言伝 聞て此人父の俊忠の中納言にはまさりにけりと ほめ聞え給へりされはかやうのことをは問ひとふ らはていかにとしてかしり侍へき鳥羽院かくれ/k261l