撰集抄 ====== 巻8第13話(88) 為頼卿(歌) ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、為頼の中納言((藤原為頼))の、内へ参り給ひて、年ごろむつまじかりける人々のおはする方に、出でおはしけるほどに、いかなることの侍りけるにや、若き殿上人、中納言をうち見て、隠れ忍び給へりければ、中納言、うち涙ぐみて   いづくにか身をば寄せまし世の中に老いをいとはぬ人しなければ と詠みて立ち給ひにけり。涙の満つるまでに思ひ給へる、よく思ひ入れ給へりけるにこそ。 げに、年たけぬれば、心も変り、つきづきしくなるままに、人には(((「人には」は底本「人々は」。諸本により訂正。))いとはるるに侍り。不老門にのぞまねば、老ひをとどむるにあたはず。誰もまた老ひをいとへば、「さては、老ひぬる身をば、いづくにかおかん」と歎くに侍り。 されば、老人は老人を友としてこそ侍るべきに、それはまたむつかしくて、若き友にまじらまほしきことに侍るなり。 しかあれば、これも老苦の数にや侍るべき。 ===== 翻刻 ===== 昔為頼の中納言の内へまいり給て年比むつま しかりける人々のおはする方にいておはし ける程にいかなることの侍りけるにや若き殿 上人中納言をうち見てかくれ忍ひ給へりけ れは中納言うちなみたくみて いつくにか身をはよせまし世の中に 老をいとはぬ人しなけれは とよみてたち給にけりなみたのみつるまて に思給へるよく思入れ給へりけるにこそけに/k243r 年たけぬれは心もかはりつきつきしくなるままに 人々はいとはるるに侍り不老門にのそまねは 老をととむるにあたはす誰もまた老をいとへはさ ては老ぬる身をはいつくにかおかんと歎くに 侍りされは老人は老人を友としてこそ侍へき にそれは亦むつかしくてわかきともにましらま ほしきことに侍るなりしかあれは是も老苦の 数にや侍へき/k243l