撰集抄 ====== 巻5第9話(42) 真範僧正事 ====== ===== 校訂本文 ===== そのころ、真範僧正とて、山階寺の貫首にて、年久しくなる人いまそかりける。齢五旬にたけて後に、世をいとふ志深く、本寺を離れ、近江国志賀の郡に、たよりよき所に、形(かた)のごとくなる庵(いほ)を結び、心を修めていまそかりけるなり。人中にし侍れど、前は野辺、後は山路にて、清き滝落ちて、前に流れ行くさまなんども、よにめづらかに侍るなりけり。 その近きほとりの人は、このの滝を汲みけるとやらむ。女・童部などの、「水を汲む」とて、何となきそぞろ歌歌ひ、すぢともなきことを言ひつつ、汲み通る中に、ある童部の申す、「この庵の内に、貴げなる聖のおはしけるぞ」と言ふ。 「そぞろごとな聞こえそ((「そ」は底本「は」。諸本により訂正。))」とて、そののち、人、多く集りて、見拝み侍りければ、「われ、本寺を離れ侍りしことは、徳を隠して、心の底ばかりをさまさんとてこそ離れしか。また、ここにて徳あらはれけり」と、本意なくて、いづちともなく迷ひ出でて、ひとへにつたなきさまをしてぞ、さそらへ歩(あり)かれける。 宇津の山べに深く分け入りて、思ひ澄ましておはしけるとかや。時々里に出でて、袂(たもと)を広げて、物を乞ひては、山中に入り入りぞし給へりける。 ある時、人々あやしみて、山へ入り給ひけるを見隠れに見ければ、まことに深く分け入りて、水の清く流れたる川のはざまに、南に向ひて、眠(ねぶ)るがごとくして、合掌してぞ居られたりける。 見に入り侍りける者、「しかじか」と人々に語り侍りければ、「まことの道心者にこそ。しかあらば、雨・時雨をば、いかがはし給ふべき」とて、おのおの、さるべきほどに庵室を造りて、「形のごとくの食事は誰々もとぶらひ聞えむ」と議して、また使を山に入れて、このこと、かきくどきくはしく聞こゆれど、つゆ返事もし給はず。やや久しくほど経て、この夫、返りて、「しかじか」と言へば、「さらなり。うるせき人にこそ((底本「人々こそ」。諸本により訂正。))侍らめ。誰々にもいざなひつれて、『かく』と言はんには、などか」とて、あまたつれて行きたるに、見え給はず。 「こはいかに」とて、手を分かちて、山を踏みあさり侍りけれど((底本「侍るけれと」。諸本により訂正。))、つひに見え給はず。 かくて、そののち、はるかにほど経てのち、その里人なん、すべきこと侍りて、越後の国府(こう)を過ぎけるに、この聖、町にまじはりて、ひそめき歩(あり)かれける。「こはいかに」と尋ね聞こえければ、鈴を振りて、唖(おし)の真似をして、ものを言ふことなし。かくて見付けて見侍れば、また海のかたへ、さそらへ行き給ひけるとなん。 されば、これはあはれなることかな。昔は山階寺の貫首としして、三千の禅徒にいつかれきといへども、今は他国辺鄙の塵(ちり)にまじはりて、その徳を隠し給ふことを。百千万の仏を供養奉りてもよしなし。心一つ澄まずは、いたづらにやほどこさん。ただ夢をさます心のみこそ、まことの菩提ならめ。仏を造り、堂を建てんよりも、心を法界に澄まさむこそ、げにあらまほしく侍れ。智恵よりおこる道心、なじかはさむる時あらんと、いとど貴う侍る。一念随喜者と聞けば、さりともと、たのもしく思え侍り。 さても、この真範は、つたなげなる姿にやつれ、また大和国に帰りて、三輪の麓(ふもと)に、東向きて、「南無春日大明神」とて、眠るごとくして終りをとり給へりと、伝には載せ侍り。 道心の深きといふはこれなり。わが心のままなりし寺に侍れば、つゆばかり恨みもなかりけれど、まことの心のおこりて、はるかの境に至りて、ある時は、人もなぎさの浦にしほたれ、ある時は、山水清く心を澄まし、あるいは市に出でて、無言唖の真似をし、あるいは念仏を勧めて、あまねく生きとし生けるたぐひを利せられけむ、自利・利他の行、ことにやごとなく思え侍り。 ===== 翻刻 ===== 其比真範僧正とて山階寺の貫首にて年久 なる人いまそかりける齢五旬にたけて後に世を いとふ志深く本寺を離れ近江国志賀の郡に たよりよき所にかたの如なるいほをむすひ心を 修ていまそかりける也人中にし侍れと前は野 辺後は山路にて清き瀧落て前に流行さまなん ともよにめつらかに侍る成けり其近き辺の 人は此の瀧をくみけるとやらむ女童部なとの水 をくむとて何となきそそろ哥うたひすちとも なき事をいひつつくみ通る中に或童部の申こ/k129l のいほの内に貴けなる聖のおはしけるそと云ふそ そろ事な聞はとて其後人多集て見おかみ侍り けれは我本寺を離侍りし事は徳をかくし て心の底はかりをさまさんとてこそ離しか又 爰にて徳顕けりと本意なくていつちともなく 迷ひ出て偏につたなきさまをしてそさそらへ ありかれける宇津の山辺に深く分入て思ひ すましてをはしけるとかや時々里に出て袂 をひろけて物を乞ては山中に入々そし給 へりける或時人々あやしみて山へ入給けるを見/130r 隠に見けれは実に深く分入て水のきよく なかれたる河のはさまに南に向てねふるかことく して合掌してそ居られたりける見に入侍り ける物しかしかと人々に語侍りけれはまことの 道心者にこそしかあらは雨時雨をはいかかはし給ふ へきとておのおのさるへきほとに庵室をつくりて 如形の食事はたれたれも訪聞へむと儀して又 使を山に入て此事かきくときくはしく聞 ゆれと露返事もし給はすやや久程経て此夫 返てしかしかといへはさらなりうるせき人々こそ侍/k130l らめ誰々にもいさなゐつれてかくといはんには なとかとてあまたつれて行たるに見え給はす こはいかにとて手をわかちて山をふみあさり侍る けれと終に見え給はすかくて其後遥に程経て 後其の里人なんすへき事侍て越後のこうを過 けるに此聖町に交てひそめきありかれけ るこはいかにと尋聞けれは鈴をふりておしの まねをして物をいふ事なしかくて見付て見侍 れは又海の方へさそらへ行給けるとなんされは 是は哀なる事哉昔は山階寺の貫首とし/k131r して三千の禅徒にいつかれきといえ共今は 他国辺鄙のちりに交て其徳をかくし給ふ事 を百千万の仏を供養奉りてもよしなし 心一すますはいたつらにやほとこさん唯夢をさ ます心のみこそまことの菩提ならめ仏を造り 堂を立てんよりも心を法界にすまさむこそ けにあらまほしく侍れ智恵よりおこる道心な しかはさむる時あらんといとと貴う侍る一念随 喜者と聞はさり共と憑しく覚侍りさても 此の真範はつたなけなる姿にやつれ又大和国/k131l 帰て三輪麓に東向て南無春日大明神 とて眠ることくしておはりをとり給へりと伝 には載侍り道心の深きと云は是なり我心の ままなりし寺に侍れは露はかり恨も無りけ れと実の心のおこりて遥のさかひに至て 或時は人もなきさの浦にしほたれ或時は 山水きよく心をすまし或は市に出て無言を しのまねをし或は念仏をすすめてあまねく いきとしいけるたくひを利せられけむ自利々 他の行ことにやことなく覚ゑ侍り/k132r