無名抄 ====== 第80話 頼実が数奇の事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 頼実がすきの事 ** 左衛門尉蔵人頼実は、いみじき数寄者なり。和歌に心ざし深くて、「五年が命を奉らん。秀歌詠ませ給へ」と住吉に祈り申しけり。 その後、年経て、重き病(やまひ)を受けたりけるとき、命生くべき祈りどもしけるとき、家にありける女に、住吉の明神憑き給ひて、「かねて祈り申す事をば忘れたるか。   木の葉散る宿(やど)は聞き分くことぞなき時雨(しぐれ)する夜も時雨せぬ夜も といへる秀歌詠ませしは、汝が信をいたして、我に心ざし申ししゆゑなり。されば、この度(たび)は、いかにも生くまじきなり」とぞ、仰せられける。 ===== 翻刻 ===== 頼実カスキノ事 左衛門尉蔵人頼実はいみしきすき物なり和哥 に心さしふかくて五年か命をたてまつらん 秀哥よませ給へとすみよしにいのり申けり そののち年へておもきやまひをうけたり けるとき命いくへきいのりともしける時家/e80r にありける女にすみよしの明神つき給て かねていのり申事をはわすれたるか この葉ちるやとはききわくことそなき しくれするよもしくれせぬよも といへる秀哥よませしはなんちか信をいたして われに心さし申しゆへなりされはこのたひは いかにもいくましき也とそおほせられける/e80l