無名抄 ====== 第74話 新古歌 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 新古歌 ** 一には、古歌を取ること、またやうあり。古き歌の中に、をかしき詞(ことば)の歌に、立ち入れて飾りとなりぬべきを取りて、わりなく続くべきなり。例へば、   夏か秋か問へど白玉岩根(いはね)より離れて落つる谷川の水 これら体なり。しかあるを、古歌を盗むは一の故実とばかり知りて、よきあしき詞をも見分かず、みだりに取りて、あやしげに続けたる、口惜しきことなり。いかにも現(あら)はに取るべし。ほの隠したるはいと悪(わろ)し。 また、古歌(ふるうた)にとりて、ことなる秀句をば取るべからず。なにとなく、隠(かく)ろへたる詞の、をかしくとりなしつべきを見はからふにあるなり。ある人、「空に知られぬ雪ぞ降りける」といふ古事(ふるご)とを取りて、月の歌に、「水に知られぬ氷なりけり」と詠めりしをば、「これぞまことの盗みよ。さるほどなるなましんみやうの、衣(きぬ)盗みて、小袖になして着たるやうになん思ゆ」とこそ、人申し侍りしか。 また、御所の御歌合に、暁の鹿を詠み侍りしとき、   今来んと妻や契し長月の有明の月に牡鹿鳴くなり この歌は、「ことがら優し」とて勝にき。されど、定家(さだいへ)の朝臣、当座にて難ぜられき。「かの素性(そせい)が歌に((底本「歌に」なし。諸本により補う。))、わづかに二句こそは変りて侍れ。かやうに多く似たる歌は、その句を置きかへて、上の句を下になしなど、作り改めたるこそよけれ。これはただ本(もと)の置き所にて、胸の句と結句とばかり変れるは難とすべし」となん侍りし。 ===== 翻刻 ===== 新古歌 一には古哥をとる事又やうありふるき哥の なかにをかしきことはの哥にたちいれてかさり となりぬへきをとりてわりなくつつくへき なりたとへは なつかあきかとへとしらたまいはねより はなれておつるたにかはのみつ これら体なりしかあるを古哥をぬすむは/e75r 一の故実とはかりしりてよきあしきことは をも見わかすみたりにとりてあやしけに つつけたるくちをしき事也いかにもあらは にとるへしほのかくしたるはいとわろし 又ふる哥にとりてことなる秀句をはとるへからす なにとなくかくろへたることはのおかしくとりなし つへきをみはからふにある也ある人そらにしられ ぬ雪そふりけるといふふることをとりて月の哥 に水にしられぬこほりなりけりとよめりし をはこれそまことのすぬみよさるほとなるなま/e75l しんみやうのきぬぬすみて小袖になして きたるやうになんおほゆとこそ人申侍しか 又御所の御哥合に暁の鹿をよみ侍しとき 今こんとつまや契しなか月の ありあけの月にをしかなくなり この哥はことからやさしとてかちにきされとさた いへのあそん当座にてなんせられきかのそせいか わつかに二句こそはかはりて侍れかやうにおほく にたる哥はその句ををきかへてかみの句をしも になしなとつくりあらためたるこそよけれこれは/e76r たたもとのおき所にてむねの句と結句とはかり かはれるはなんとすへしとなん侍し/e76l