無名抄 ====== 第66話 俊成女宮内卿両人歌のよみやうのかはる事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 俊成女宮内卿両人歌のよみやうのかはる事 ** 今の御所には、俊成卿女と聞こゆる人・宮内卿とこの二人の女房、昔にも恥ぢぬ上手どもなり。歌のよみやうこそ、ことの外に変りて侍りけれ。 人の語り侍りしは、俊成卿女は、晴の歌詠まんとては、まづ日ごろかけて、もろもろの集どもを繰り返しよくよく見て、思ふばかり見終りぬれば、みな取り置きて、火かすかに灯し、人遠く音無くしてぞ案ぜられける。 宮内卿は、始めより終りまで、草子・巻物取り込みて、切灯台(きりとうだい)に火近々と灯しつつ、かつがつ書付け書付け、夜も昼も怠らずなむ案じける。この人はあまり歌を深く案じて病(やまひ)になりて、一度(ひとたび)は死に外(はづ)れしたりき。父の禅門、「何事も身のある上のことにてこそあれ。かくしも病になるまでは、いかに案じ給ふぞ」と諫(いさ)められけれども用ゐず。つひに命もなくてやみにしは、その積りにやありけん。 寂蓮入道は、ことにことに、このことをいみじがりき。((底本、ここで改行され、次の標題に続くが、内容は[[u_mumyosho067]]に続く。諸本は「いみじがりて・・・」と続くものが多い。)) ===== 翻刻 ===== 俊成女宮内卿両人哥ノヨミヤウノカハル事 今の御所には俊成卿女ときこゆる人宮内卿とこの ふたりの女坊昔にもはちぬ上手ともなり哥の よみやうこそことのほかにかはりて侍けれ人の かたり侍しは俊成卿女ははれの哥よまんとてはまつ ひころかけてもろもろの集ともをくりかへしよくよくみ ておもふはかりみをはりぬれはみなとりおきて火 かすかにともし人とをくおとなくしてそあんせら れける宮内卿ははしめよりをはりまて草子まき物/e53l とりこみてきりとうたいに火ちかちかとともしつつ かつかつかきつけかきつけよるもひるもおこたらすなむ案 しけるこの人はあまり哥をふかく案してや まひになりてひとたひはしにはつれしたりきちち の禅門なにことも身のあるうへのことにてこそあれ かくしもやまひになるまてはいかに案し給そといさめ られけれとももちゐすつゐに命もなくてやみにし はそのつもりにやありけん寂蓮入道はことにことにこの ことをいみしかりき/e54r