無名抄 ====== 第51話 非歌仙歌の難じたる事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 非歌仙歌の難じたる事 ** 歌は名に流れたる歌詠みならねど、理(ことわり)を先として、耳近き道なれはあやしの者の心にも、おのづから善悪は聞こゆるなり。 長守語りていはく、「述懐の歌どもあまた詠み侍りし中に、ざれごと歌に、   火おこさぬ夏の炭櫃(すびつ)の心地して人もすさめずすさまじの身や と詠めるを、十二になる女子の、これを聞きて、『冬の炭櫃こそ火の無きは今少しすさまじけれ。など、さは詠み給はぬぞ』と申し侍りしに、難ぜられて述ぶる方なく」など語りしこそ、をかしかりしか。 ===== 翻刻 ===== 非哥仙哥ノ難シタル事 歌はなになかれたる哥よみならねとことはりをさき/e44l としてみみちかきみちなれはあやしの物の心にも をのつから善悪はきこゆるなり長守語云述懐の 哥ともあまたよみ侍し中にされことうたに 火おこさぬ夏のすひつの心ちして 人もすさめすすさましの身や とよめるを十二になる女子のこれを聞て冬の すひつこそ火のなきは今すこしすさましけれ なとさはよみ給はぬそと申侍しに難せられて のふる方なくなとかたりしこそおかしかりしか/e45r