無名抄 ====== 第47話 案過て成失事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 案過て成失事 ** 愚詠の中に   時雨にはつれなくもれし松の色を降りかへてけり今朝の初雪 これを俊恵難じていはく、「ただ『つれなく見えし』といふべきなり。あまりわりなくわかせるほどに、かへりて耳止まる節(ふし)となれるなり。ある所の歌合に、霞を俊恵が歌に、   夕なぎに由良のと渡る蜑小舟(あまをぶね)霞の内に漕ぎぞ入りぬる その度(たび)の会に、清輔朝臣、ただ同じやうに詠みたりしにとりて、かれは『霞の底に』と 詠めりしを、人の『入海かと思ゆ』と難じ侍りしなり。のさびなる所をばたた世の常にいひ流すへきを、いたく((底本「いたり(里)」。「く(具)」の誤写とみて諸本により訂正。))案じ過ぐしつれば、かへりて耳止まる節となるなり。譬へば糸を撚(よ)る人の、いたくけうらに撚らんと、撚り過ぐしつれば、節となるがごとし。これをよくはからふを上手といふべし。風情はおのづから出で来るものなれば、ほどにつけつつ求め得ることもあれど、かやうのことに上手 にて、その((底本「うの」。諸本により訂正。))けぢめは見ゆるなり。されば、えせ歌詠みの秀句には、多くは足らぬ所の出でくるぞかし。 ===== 翻刻 ===== 案過テ成失事 愚詠の中に 時雨にはつれなくもれし松の色を ふりかへてけりけさのはつゆき これを俊恵難云たたつれなくみえしといふ/e39l へき也あまりわりなくわかせるほとにかへり てみみとまるふしとなれるなりある所の哥合に かすみを俊恵か哥に ゆふなきにゆらのとわたるあまをふね かすみのうちにこきそいりぬる そのたひの会に清輔朝臣たたをなしやうに よみたりしにとりてかれはかすみのそこにと よめりしを人の入海かとおほゆと難し侍し也 のさひなる所をはたた世のつねにいひなかすへき をいたりあんしすくしつれはかへりてみみとまる/e40r ふしとなる也たとへはいとをよる人のいたくけう らによらんとよりすくしつれはふしとなるかこ としこれをよくはからふを上手といふへし 風情はをのつからいてくる物なれはほとにつけ つつもとめうることもあれとかやうのことに上手 にてうのけちめはみゆる也されはゑせ哥よみの 秀句にはおほくはたらぬ所のいてくるそかし/e40l