無名抄 ====== 第36話 女の歌よみかけたる故実 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 女の歌よみかけたる故実 ** 勝命談(かた)りていはく、「しかるべき所などにて、無心なる女房などの歌詠みかけたる、無術(すべなき)こと多かり。それは故実のあるなり。まづ、聞かぬよしに空おぼめきして、たびたび問ふ。されば、後には恥ぢしらひて、さだかにも言はず。これを扱ふほどに、返し思ひ得たれば言ひつ。詠み得べくもあらねば、やがておぼめきてやみぬる、一つのことなり。また、なま宮仕へ人にもあれ、さるべきざれたる女などの、添へごとと名付けて、聞き知らぬ歌の一両句などを言ひ懸くることあり。もし心得たれば、いかにも言ひつべし。知らぬことならば、ただ『よも、さしも思されじ』など、うち言ひてあるべし。これはいづ方にも違はぬ事なり。深く思ふぞといふ心にも、また、憂し・辛しといふ心にも、おのづから通用しつべし。心づきなきよしに言ひたらんにこそ、心をやりたるやうなるべけれ。それもざれたる戯れに言ひなせる様(さま)にもなりぬべき也 ===== 翻刻 ===== 女ノ歌ヨミカケタル故実 勝命談云しかるへき所なとにて無心なる女坊なと の哥よみかけたる無術ことおほかりそれは/e31l 故実のあるなりまつきかぬよしにそらおほめき してたひたひとふされはのちにははちしらひて さたかにもいはすこれをあつかふほとにかへしおもひ えたれはいひつよみうへくもあらねはやかておほめきて やみぬるひとつのこと也又なまみやつかへ人にも あれさるへきされたる女なとのそへこととなつけて ききしらぬ哥の一両句なとをいひかくることあり もし心えたれはいかにもいひつへししらぬことならは たたよもさしもおほされしなとうちいひてある へしこれはいつかたにもたかはぬ事なりふかくおも/e32r ふそといふ心にもまたうしつらしといふ心にもおの つから通用しつへし心つきなきよしにいひたらん にこそ心をやりたるやうなるへけれそれもされたる たはふれにいひなせるさまにもなりぬへき也/e32l