無名抄 ====== 第34話 基俊僻難する事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 基俊僻難する事 ** 俊恵いはく、「法性寺殿にて歌合ありけるに、俊頼・基俊、二人判者にて、名を隠して当座に判じけるに、俊頼歌に   口惜しや雲井隠れに棲むたつも思ふ人には見えけるものを これを基俊、鶴と心得て、『鶴(たづ)は沢にこそ棲め。雲井に棲むことやはある』と難じて、負になしてけり。されど、俊頼、その座には言葉も加へず。 そのとき殿下、『今宵の判の詞、おのおの書きて参らせよ』と仰せられけるときなん、俊頼朝臣、『これは鶴(たづ)にてはあらず。竜(たつ)なり。かの某(なにがし)とかが、『竜を見ん』と思へる心ざしの深かりけるにより、かれがために現はれて見えたりしことの侍るを詠めるなり』と書きたりける。基俊、弘才の人なれど、思ひわたりけるにや。すべては思ふ量りもなく、人のことを難ずる癖の侍りければ、ことにふれて失多くぞありける」。 ===== 翻刻 ===== 基俊僻難スル事 俊恵云法性寺殿にて哥合ありけるに俊頼/e30r 基俊ふたり判者にて名をかくして当座に 判しけるに俊頼哥に くちをしや雲井かくれにすむたつも おもふ人にはみえける物を これを基俊鶴と心えてたつはさはにこそすめ雲 井にすむことやはあると難してまけになして けりされと俊頼その座にはことはもくはへす其 時殿下こよひの判の詞をのをのかきてまいらせよ とおほせられけるときなん俊頼朝臣これはた つにてはあらす竜也かのなにかしとかかたつを/e30l みんとおもへる心さしのふかかりけるによりかれか ためにあらはれてみえたりしことの侍をよめる也 とかきたりける基俊弘才の人なれとおもひわたり けるにやすへてはおもふはかりもなく人のことを難 するくせの侍けれはことにふれて失おほくそ ありける/e31r