無名抄 ====== 第33話 琳賢基俊をたばかる事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 琳賢基俊をたばかる事 ** いかなりける時にか、琳賢は基俊と仲の悪しかりければ、「たばからん」と思ひて、ある時、後撰の恋の歌の中に、人も知らず耳遠きが限り、廿首を選り出だして、書き番(つが)ひて、かの人のもとへ持(も)て往にけり。 「ここに人の異様(ことやう)なる歌合をして、勝負(かちまけ)を知らまほしくつかまつるに、付けて給はらん」とて、取り出でたりければ、これを見て、後撰の歌といふ事、ふつと思ひもよらず、思ふさまに様々(やうやう)に難ぜられたりけるを、ここかしこに持て歩(あり)きて、「左衛門佐にあひ申したれば、梨壺の五人が計らひも物ならず。あはれ、上古にもすぐれ給へる歌仙かな。これ見給へ」とて軽慢しければ、見る人、いみじう笑ひけり。 基俊、返り聞きて、やすからず思はれけれど、かひなかりけり。 ===== 翻刻 ===== 琳賢基俊ヲタハカル事 いかなりけるときにか琳賢は基俊となかのあし かりけれはたはからんとおもひてあるとき後撰の 恋の哥の中に人もしらすみみとをきかかきり 廿首をゑりいたしてかきつかひてかの人のもとへ もていにけりここに人のことやうなる哥合をして かちまけをしらまほしくつかまつるにつけて給/e29l はらんとてとりいてたりけれはこれをみて 後撰の哥といふ事ふつとおもひもよらすおもふ さまにやうやうに難せられたりけるをここかしこに もてありきて左衛門佐にあひ申たれはなしつほ の五人かはからひもものならすあはれ上古にも すくれ給へる哥仙かなこれみ給へとて軽慢し けれはみる人いみしうわらひけり基俊かへり ききてやすからすおもはれけれとかひなかりけり/e30r