無名抄 ====== 第30話 三位基俊の弟子になる事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 三位基俊の弟子になる事 ** 五条三位入道、語りていはく「そのかみ年二十五なりしとき、『基俊の弟子にならん』とて、和泉前司道経を媒(なかだち)にて、彼の人と車に相乗(あひのり)て、基俊の家に向かひたることありき。彼の人、その時八十五なり。その夜、八月十五夜にて、冴えありしかば、亭主、殊(こと)に興に入りて、歌の上の句を言ふ。   中の秋十日五日の月を見て と、いとやうやうしくながめ出でられたりしかば、予、これを付く。   君が宿にて君と明かさむ と、付けたりけるを、何のめづらしげもなきを、いみじう感ぜられき。さて、のどかに物語して『久しう籠り居て、今の世の人の有様などもえ知り給へず。このごろ、誰をか物知りたる人にはつかまつりたる』と問はれしかば、『九条大納言(伊通大臣((底本割注)))中院大臣(雅定大臣((底本割注)))などをこそ、心にくき人には思ひて侍るめれ』と申ししかば、『あないとほし』とて、膝を叩きて、扇(あふぎ)をなん高く使はれたりし。かやうに師弟の契をば申したりしかど、詠み口に至りては、俊頼には及ぶべくもあらず。俊頼、いとやむごとなき者なり」とぞ。 ===== 翻刻 ===== 三位基俊ノ弟子ニナル事 五条三位入道語云そのかみ年廿五なりしとき 基俊の弟子にならんとて和泉前司道経をなか たちにて彼人とくるまにあひのりて基俊の家 にむかひたることありきかの人その時八十五也そ の夜八月十五夜にてさえありしかは亭主殊に 興に入て歌のかみの句をいふ なかの秋とうかいつかの月をみて といとやうやうしくなかめいてられたりしかは予これをつく きみかやとにてきみとあかさむ/e27l とつけたりけるをなにのめつらしけもなきをいみし うかんせられきさてのとかに物語してひさしう こもりゐて今の世の人の有様なともゑしり給へ すこの比たれをか物しりたる人にはつかまつりたると とはれしかは九条大納言(伊通大臣)中院大臣(雅定大臣)なとを こそ心にくき人にはおもひて侍めれと申しかは あないとをしとてひさをたたきてあふきをなんたかく つかはれたりしかやうに師弟の契をは申たり しかとよみくちにいたりては俊頼にはおよふへく もあらす俊頼いとやむことなき物なりとそ/e28r