無名抄 ====== 第29話 同人歌に名字をよむ事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 同人歌に名字をよむ事 ** 法性寺殿に会ありけるとき、俊頼朝臣参りたりけり。兼昌講師(かうじ)にて歌読み上ぐるに、俊頼の歌に名を書かさりければ、見合はせて、うちしわぶきて、「御名はいかに」と忍びやかに言ひけるを、「ただ読み給へ」と言はれければ、読みける歌に、   卯の花の身の白髪とも見ゆるかな賤(しづ)が垣根も俊頼にけり と書きたるを、兼昌、した泣きして、しきりにうなづきつつ、めで感じけり。殿、聞かせ給ひて、召して御覧じて、いみじう興(けう)ぜさせ給ひけりとぞ。 かの歌の題を歌一首に詠みたりけむ心ばせは、やや勝りてこそ侍れ。 ===== 翻刻 ===== 同人哥に名字ヲヨム事 法性寺殿に会ありけるとき俊頼朝臣まいりたり けり兼昌かうしにて哥よみあくるにとしよりの/e26l 哥に名をかかさりけれはみあはせてうちしわふきて 御名はいかにとしのひやかにいひけるをたたよみ給へと いはれけれはよみける哥に うのはなの身のしらかともみゆるかな しつかかきねも俊頼にけり とかきたるを兼昌したなきしてしきりにうな つきつつめてかんしけり殿きかせ給てめして御 らんしていみしうけうせさせ給けりとそかの哥の 題をうた一首によみたりけむ心はせはややまさり てこそ侍れ/e27r