無名抄 ====== 第12話 千載集に予一首入るを悦ぶ事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 千載集に予一首入るを悦ぶ事 ** 千載集には予が歌一首入れり。 「させる重代にもあらず。よみ口にもあらず。また、時にとりて人に許されたる好士にもあらず。しかあるを、一首にても入れるは、いみじき面目なり」と喜び侍りしを、故筑州聞きて、「この事、『ただなほざりに言はるるか』と思ふほどに、たびたびになりぬ。まことに思ひてのたまふことにこそ。さるにては、この道にかならず冥加おはすべき人なり。そのゆゑは、道理はしかあれど、人のしか思ふことは、有り難きわざなり。この集を見れば、させることなき人々、皆十首、七・八首、四・五首入れる類(たぐ)ひ多かり。彼ら((底本「かられ」))を見るときは、『いかばかりいやましく思はるらむ』と推し量るに、あまりさへかく喜ばるる、いみじきことなり。道を貴ぶには、まづ心をうるはしく使ふにあるなり。今の世の人は、皆しかあらず。身のほども知らず。心高く驕り、かまびすしき憤りを結びて、事に触れて誤り多かり。今、思ひ合はせられよ」となん、申し侍りし。 まことにこの道の冥加、身のほどにも過ぎたり。古き人の言へること、必ずゆゑあり。 ===== 翻刻 ===== 千載集ニ予一首入ヲ悦事 千載集には予か哥一首いれりさせる重代にもあら/e13r すよみくちにもあらす又時にとりて人にゆるされ たる好士にもあらすしかあるを一首にてもいれるは いみしき面目なりとよろこひ侍しを故筑州ききて 此事たたなをさりにいはるるかとおもふほとに たひたひになりぬまことにおもひてのたまふこと にこそさるにてはこのみちにかならす冥加おはす へき人なりそのゆへは道理はしかあれと人の しかおもふことはありかたきわさなり此集をみれは させることなき人々みな十首七八首四五首いれ るたくひおほかりかられをみるときはいかはかり/e13l いやましくおもはるらむとをしはかるにあまり さへかくよろこはるるいみしきことなり道をたうとふ にはまつ心をうるはしくつかふにあるなり今の 世の人はみなしかあらす身のほともしらす心たか くおこりかまひすしきいきとをりをむすひて事 にふれてあやまりおほかり今おもひあはせられ よとなん申侍しまことにこのみちの冥加身 のほとにもすきたりふるき人のいへることかなら すゆへあり/e14r