無名抄 ====== 第8話 頼政歌俊恵撰事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 頼政歌俊恵撰事 ** 建春門女院の、殿上の歌合に、「関路落葉」といふ題に、頼政卿歌に   都にはまた青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関 と詠まれて侍りしを、その度(たび)この題の歌をあまた詠みて、当日まで思ひ煩(わづら)ひて、俊恵を呼びて見せられければ、「この歌はかの能因が『秋風ぞ吹く白河の関』といふ歌に似て侍り。されど、これは出栄(いでば)えすべき歌なり。かの歌ならねど、かくもとりなしてんと、べしげに詠めるとこそ見えたれ。似たりとて、難とすべきさまにはあらず」と計らひければ、今、車さし寄せて乗られけるとき、「貴房の計らひを信じて、さらばこれを出だすべきにこそ。後の咎(とが)はかけ申すべし」と言ひかけて出でられにけり。 その度、この歌、思ひのごとく出栄えして、勝ちにければ、帰りてすなはち、喜び言ひ遣はしたりけるとぞ。 「見る所ありて、しか申たりしかど、勝負聞かざりしほどは、あひなくよそにて胸つぶれ侍りしに、いみじき高名したり」となん、心ばかりは思え侍りし」とぞ、俊恵語り侍し。((底本、次の「イホノウキス」の本文が改行なく続くが、標題の位置を間違えたものとみて、[[u_mumyosho009]]に入れた。)) ===== 翻刻 ===== 頼政哥俊恵撰事 建春門女院の殿上の哥合に関路落葉と云題に 頼政卿哥に みやこにはまたあを葉にてみしかとも もみちちりしくしらかはのせき とよまれて侍しをそのたひこの題の哥をあまた よみて当日まておもひわつらひて俊恵をよひ てみせられけれは此哥はかの能因か秋風そ/e9r ふく白河のせきといふ哥ににて侍りされとこれは いてはへすへき哥なりかの哥ならねとかくもとり なしてんとへしけによめるとこそみえたれにたり とて難とすへきさまにはあらすとはからひけれは 今くるまさしよせてのられけるとき貴房の はからひを信してさらはこれをいたすへきにこそ 後のとかはかけ申へしといひかけていてられに けりそのたひこの哥おもひのことくいてはへし てかちにけれはかへりてすなはちよろこひいひつか はしたりけるとそみる所ありてしか申たりし/e9l かと勝負きかさりしほとはあひなくよそにて むねつふれ侍しにいみしき高名したりとなん 心はかりはおほえ侍しとそ俊恵かたり侍しをな/e10r