無名抄 ====== 第6話 無名大将事====== ===== 校訂本文 ===== ** 無名大将事 ** 九条殿いまだ右大臣と申すとき、人々に百首詠ませらるること侍りき。その度、いみじき人々僻事詠みて、果ては異名さへ付き給ひにき。 近くの徳大寺の左大臣は、「無明の酒」を「名も無き酒」と詠み給へりしかば、「名無しの大将」と言はれ、五条の三位入道はこの道の長者にいます、しかれど「富士の鳴沢(なるさわ)」を「富士のなるさ」と詠みて、「なるさの入道」と「名無しの大将」と番(つが)ひて人に言はれ給しかば、いみじきこの道の遺恨(いこむ)にてなむ侍りし。各々(おのおの)((底本「をおのおの」。「を」を衍字と見て削除した。))これほどのこと知り給はぬにはあらじを、思ひ渡り給へりけるにこそ。 ===== 翻刻 ===== 無名大将事 九条殿いまた右大臣と申時人々に百首よませ らるる事侍きそのたひいみしき人々ひか事 よみてはては異名さへつき給にきちかくの 徳大寺の左大臣は無明のさけをなもなきさけ とよみ給へりしかはななしの大将といはれ五条の 三位入道はこの道の長者にいますしかれとふし/e8r のなるさわをふしのなるさとよみてなるさの入道と ななしの大将とつかひて人にいはれ給しかはいみし きこのみちのいこむにてなむ侍しをおのおのこれほと のことしり給はぬにはあらしをおもひわたり給へり けるにこそ/e8l