無名抄 ====== 第2話 連けがら善悪ある事 ====== ===== 校訂本文 ===== **連けがら善悪ある事** 歌はただ同じ詞(ことば)なれど、続けがら・言ひがらにて、良くも聞こゆるなり。 かの友則が歌に、「友まどはせる千鳥鳴くなり」と言へる、優に聞こゆるを、同じ古今の恋の歌の中に、「恋しきに侘びて魂まどひなば」とも言ひ、また、「身のまどふだに知られざるらむ」などいへるは、ただ同じことなれど、おびただしく聞こゆ。これはみな続けがらなり。 されば、「古歌に確かにしかじかあなり」など、証を出だすことは様(やう)によるべし。その歌にとりて、善悪あるべきゆゑなり。曽祢好忠が歌に   播磨なる飾磨(しかま)に染むるあながちに人を恋ひしと思ふころかな((底本「はりまなるしかまのかちのあなかちに」。他本によって訂正。)) 「あながち」といふ詞は、うちまかせて歌に詠むべしとも思えぬ事ぞかし。しかあれど、「飾磨に染むる」と続きて、わざとも艶に優しく聞こゆるなり。 古今の歌に、   春霞立てるやいづこみよし野の吉野の山に雪は降りつつ これは、いとめでたき歌なり。中にも「立てるやいづこ」といへる詞、勝れて優なるを、ある人の「社頭の菊」といふ題を詠み侍りしに、   神垣に立てるや菊の枝たわに誰が手向けたる花の白木綿(しらゆふ) 同じく「立てるや」と詠みたれど、これはわざとも詞もきかず手づつげに侍り。 ===== 翻刻 ===== 連ケカラ善悪アル事 謌はたたをなしことはなれとつつけからいひから にてよくもきこゆるなりかの友則か哥にとも まとはせるちとりなくなりといへるいふにきこ ゆるををなし古今の恋の哥の中にこひ/e4r しきにわひてたましゐまとひなはともいひ又 身のまとふたにしられさるらむなといへるはたた をなしことなれとおひたたしくきこゆこれは みなつつけからなりされは古哥にたしかにしかしか あなりなと証をいたすことはやうによるへし その哥にとりて善悪あるへきゆへなり曽祢好忠 か哥に はりまなるしかまのかちのあなかちに 人をこひしとおもふころかな/e4l あなかちといふことははうちまかせて哥によむへし ともおほえぬ事そかししかあれとしかまにそむ るとつつきてわさともゑんにやさしくきこ ゆるなり 古今の哥に 春霞たてるやいつこみよしののよしのの山に 雪はふりつつ これはいとめてたき哥也なかにもたてるやいつこ といへること葉すくれていふなるをある人の社頭の/e5r 菊といふ題をよみ侍しに 神かきにたてるや菊の枝たわに たかたむけたるはなのしらゆふ をなしくたてるやとよみたれとこれはわさとも 詞もきかすてつつけに侍り/e5l