蒙求和歌 ====== 第5第2話(72) 宿瘤採桑 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 宿瘤採桑 ** 宿瘤は斉の東郭((「斉東郭」は底本「斉東郡郭」。諸本及び典拠は東郭なので、「郡」を衍字とみて削除。))の女なり。項(うなじ)にしひねあるゆゑに「宿瘤」と名付けけり。 閔王、遊びに出でて、東郭に至り給ふに、里人(さとびと)ことごとくに走り騒ぎ見奉るに、宿瘤、桑の葉((底本「葉」虫損。諸本により補う。))を採りて、横目もせざりけるを、王、近く寄りて見給ふに、なまめきよしありて、顔赤めて、恥ぢしらへる((「恥ぢしらへる」は底本「ハチシメラヘル」。書陵部本(桂宮本)により訂正。))さまなり。 人ごとに王を見奉るに、宿瘤、身を動かすことなきゆゑを問はるるに、「わが父母(ちちは)は、『桑を((底本「を」虫損。諸本により補う。))採れ((「採れ」は底本「トレリ」。諸本により「リ」を削除。))』と言ひつれば、桑を採り侍(はんべ)るなり。『王を見奉れ』とは言はざりつ」と答へ申すに、「いかにも、ゆゑあるべきもの」と思して、車に召し乗せらるるに、「わが父母、内にあり。ここより召されて参らむことは、すでに奔女に似たり。後に」と、逃れ申すに、奥深き心を恥ぢて、いとど心を移し給ひつ。 さて、帰り給ひて、黄金百鎰をつかはして、迎へ給ふに、父母、おほきに驚きて、湯浴むし、新しき衣(ころも)を着せむとするに、「われ、この姿にて、王に見え奉りつれば、新しき衣を着て見知られ((「見知られ」は、底本「□□ラレ」で二字虫損。諸本により補う。))奉らぬこともこそある」とて、もと((底本「モトト」。「ト」一字衍字と見て削除。))の姿にて参りぬ。 見なれ給ふにしたがひて、心の色をめで給ひて、后に立ちにけり。   露深き桑採る袖の((底本「ソラノ」。書陵部本(桂宮本)により訂正。))名残をぞ帰る空なく思ひおきける ===== 翻刻 ===== 宿瘤(リウ)採桑/d1-34l 宿瘤ハ斉東郡郭ノ女也項ニシヒネアルユエニ宿瘤トナツケケ リ閔(ヒム)王アソヒニイテテ東郭ニイタリ給ニサトヒトコトコトクニハシリ サハキミタテマツルニ宿瘤桑ノ□ヲトリテヨコメモセサリケルヲ 王チカクヨリテミ給ニナマメキヨシアリテカヲアカメテハチシメ ラヘルサマナリ人コトニ王ヲミタテマツルニ宿瘤ミヲウコカスコト ナキユヘヲトハルルニ我カチチハハ桑□トレリト云ツレハ桑ヲ トリハムヘルナリ王ヲミタテマツレトハイハサリツトコタヘ申ニイ カニモユヘアルヘキモノトヲホシテ車ニメシノセラルルニ我父母 内ニアリココヨリメサレテマイラムコトハステニ奔(ホン)女ニニタリ 後ニトノカレ申ニヲクフカキ心ヲハチテイトト心ヲウツシタ マヒツサテカヘリ給テ黄金百鎰ヲツカハシテムカヘ給ニ父母 ヲホキニヲトロキテユアムシアタラシキコロモヲキセムトスルニ我 コノスカタニテ王ニミヘタテマツリツレハアタラシキコロモヲキ テ□□ラレタテマツラヌコトモコソアルトテモトトノス/d1-35r カタニテマイリヌミナレタマウニシタカヒテ心ノイロヲメテタ マイテキサキニタチニケリ ツユフカキクハトルソラノナコリヲソカヘルソラナクヲモヒヲキケル/d1-35l