古本説話集 ====== 第48話 貧しき女、観音の加護を蒙る事 ====== **貧女蒙観音加護事** **貧しき女、観音の加護を蒙る事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、身いと悪(わろ)くて過ごす女ありけり。時々来る男、来たりけるに、雨に降りこめられてゐたるに、「いかにして物を食はせん」と思ひ嘆けど、すべきかたもなし。日も暮れ方になりぬ。いとほしく、いみじくて、「我頼み奉りたる観音(くわんをん)助け給へ」と思ふほどに、我親のありし世に使はれし女従者、いときよげなる食い物を持て来たり。 うれしくて、よろこびに取らすべきもののなかりければ、小さやかなる赤き小袴を持ちたりけるを取らせてけり。我も食ひ、人にもよくよく食はせて寝にけり。 暁に男は出でて往ぬ。つとめて、持仏堂にて観音持ち奉りたりけるを、「見奉らん」とて、丁立て、据ゑ参らせたりけるを帷子引き上げて見参らす。この女に取らせし小袴、仏の御肩にうち掛けておはしますに、いとあさまし。昨日取らせし袴なり。 あはれに、あさましく、おぼえなくて持て来たりし物は、この仏の御仕業なりけり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかし身いとわろくてすこす女あり けりときときくるおとこきたりけるにあめに ふりこめられてゐたるにいかにして物をく はせんと思なけけとすへきかたもなしひもく れかたになりぬいとをしくいみしくてわか たのみたてまつりたるくわんをんたすけ 給へと思ふほとにわかをやのありしよにつか/b134 e68 はれしをんなすさいときよけなるくい物をも てきたりうれしくてよろこひにとらす へきもののなかりけれはちいさやかなるあか きこはかまをもちたりけるをとらせてけり 我もくひ人にもよくよくくはせてねにけり あかつきにおとこはいてていぬつとめてち仏 たうにてくわんをんもちたてまつりたり けるをみたてまつらんとて丁たてすゑ まいらせたりけるをかたひらひきあけて みまいらすこの女にとらせしこはかま仏の/b135 e68 御かたにうちかけておはしますにいとあさ まし昨日とらせしはかま也あはれにあさま しくおほえなくてもてきたりし物はこの ほとけの御しわさなりけり。/b136 e69