古本説話集 ====== 第44話 大隅守の事 ====== **大隅守事** **大隅守の事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、大隅の守の、国の政(まつりごと)したため((底本「め」脱字))行ふあひだに、郡(こほり)の司(つかさ)のしどけなきことどもありければ、「召しに遣りて戒めむ」と言ひて、人遣りつ。 先々、かくしどけなき事ある折は、罪にまかせて重く軽く戒むることあり。それ一度(ひとたび)にあらず。度々重なりたることなれば、「これも戒めむ」とて、召すなりけり。 さて、「ここに召して候ふ」と申しければ、先々するやうに、そへ伏せて、尻頭(しりかしら)にのほるべき人、笞(しもと)を切りまうけて、打つべき人などまうけてあるに、人、二人して引き張りて、率て来たるを見れば、頭(かしら)は黒き髪もまじらず、いみじう白う見るに、打たせむ事のいとほしうおぼしければ、「何事に事をつけてこれを許さむ」と思ふに、事つくべき事もなし。過ちどもを片端より問ふに、ただ老いをのみかうけにていらへをり。 「いかにして、これ許してむ」と思ひて、「おれはいみじき盗人かな。さはありとも歌は詠みてむや」と言ふに、「はかばかしうはあらずとも、つかまつりてむ」と言ふ。「いで、さは詠め」と言へば、ほどもなく、わななかかしてうち出だす。   年を経て頭に雪は積れどもしもと見るにぞ身は冷えにける と詠みたりければ、守、いみじう感じ、あはれがりて、許してやりてけり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかし大すみのかみのくにのまつり ことしたたをこなふあひたにこほりのつか さのしとけなきことともありけれはめしに やりていましめむといひて人やりつさきさき かくしとけなき事あるをりはつみ にまかせておもくかろくいましむることあり それひとたひにあらすたひたひかさなりたる ことなれはこれもいましめむとて/b117 e59 めすなりけりさてここにめして候と申 けれはさきさきするやうにそへふせてしり かしらにのほるへき人しもとをきりまう けてうつへき人なとまうけてあるに人ふた りしてひきはりていてきたるをみれはか しらはくろきかみもましらすいみしう しろうみるにうたせむ事のいとをしうおほ しけれはなにことに事をつけてこれをゆる さむとおもふにことつくへき事もなし あやまちともをかたはしよりとふにたた/b118 e60 おいをのみかうけにていらへをりいかにして これゆるしてむと思ひてをれはいみしき ぬす人かなさはありとも哥はよみてむやと いふにはかはかしうはあらすともつかまつりて むといふいてさはよめといへはほともなく わななかかしてうちいたす としをへてかしらにゆきはつもれとも しもとみるにそ身はひえにける とよみたりけれはかみいみしうかむし あはれかりてゆるしてやりてけり/b119 e60