唐物語 ====== 第12話 男女あひ住みけり。年なども盛りにて・・・(望夫石) ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、男女あひ住みけり。年なども盛りにて、よろづの行く末のことまで浅からず契りつつありふるに、この夫、思ひのほかにはかなくなりにけり。 その後、涙に沈みて、あるにもあらず思えけるを、「我も、我も」と懇(ねんご)ろに挑み言ふ人ありけれど、いかにも許さざりけり。 これを聞くにつけても、亡き影をのみ心にかけつつ、時の間も忘るるひまなくて、つひに命を失ひてけり。その屍(かばね)は石になりにける。   ことはりや契りしことの固ければつひには石となりにけるかな この石をば、その里の人々、「望夫石」とぞいひける。一筋(ひとすぢ)に思ひ取りけむ心のありけん。有り難さも、この世の人には似ざりけり。 ===== 翻刻 ===== 昔おとこ女あひすみけりとしなともさかり にてよろつの行すゑのことまてあさからす契/m334 つつありふるにこの夫思のほかにはかなくなり にけり其後なみたにしつみてあるにもあ らすおほえけるを我も我もとねんころにいと みいふ人ありけれといかにもゆるささりけりこ れをきくにつけてもなきかけをのみ心にかけ つつ時のまもわするるひまなくてつゐにいのち をうしなひてけりそのかはねはいしになり にける ことはりや契しことのかたけれは つゐにはいしとなりにけるかな/m335 このいしをはそのさとの人々望夫石(ハウフセキ)とそい ひけるひとすちに思とりけむ心のありけん 有かたさもこの世の人にはにさりけり/m336