唐物語 ====== 第3話 賈氏といふ人たぐひなく形悪くて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、賈氏(かし)といふ人、たぐひなく形悪(わろ)くて、顔美しき妻をなん持ちたりける。 この女、かばかり醜き人とも知らず、あひそめにければ、くやしき事取り返すばかりに思えけれど、いふかひなくて明かし暮らすに、良き事、悪しきこと、すべて物いはず、えも笑はで、世の常はむすぼほれてのみ過ぐしけるを、男、たぐひなく「憂し」と思ひて、「この女に物言はせ、うち笑ませばや」としけれども、いかにもかひなくて三年(みとせ)にもなりにけるに、春、野辺に出でて、もろともに遊び侍りけり。雉子(きぎす)といふ鳥の沢のほとりに立ち居侍りけるを、この夫、弓矢を取りて名を得たりければ、この雉子をたちどころに射殺してけり。 これを見るに、年ごろのにくさも忘れて、讃め、うち笑みたりければ、夫、嬉しさたぐひなく思えて、   聞かましや妹が三年(みとせ)の言の葉を野沢のきぎす得ざらましかば これを聞くにこそ、万(よろづ)のことよくしまほしけれ。 ===== 翻刻 ===== むかし賈氏(カシ)といふ人たくひなくかたちわろく てかほうつくしきめをなんもちたりける この女かはかりみにくき人ともしらすあひそ めにけれはくやしき事とりかへすはかり/m311 におほえけれといふかひなくてあかしくらす によき事あしきことすへて物いはすえも わらはてよのつねはむすほほれてのみすくしける をおとこたくひなくうしとおもひてこの女に 物いはせうちゑませはやとしけれともいかに もかひなくてみとせにもなりにけるにはる 野辺にいててもろともにあそひ侍けりきき すといふとりのさはのほとりにたちゐはへり けるをこの夫ゆみやをとりて名をえたりけれは このききすをたち所にいころしてけりこれを/m312 みるにとしころのにくさもわすれてほめ うちゑみたりけれは夫うれしさたくひなく おほえて きかましやいもかみとせのことの葉を 野さはのききすえさらましかは これをきくにこそよろつのことよくしまほしけれ/m313