今昔物語集 ====== 巻7第12話 震旦唐代宿太山廟誦仁王経僧語 第十二 ====== 今昔、震旦の唐の徳宗の代に、貞観十九年と云ふ年、一人の僧有り。名、及び住所を知らず。大山府君((太山府君))の廟堂に行き宿して、新訳の仁王経((不空訳の仁王護国般若波羅蜜経))の四無常の偈を誦す。 夜に至て、僧、夢に太山府君来て、示して宣はく、「我れ、昔し、仏前に有て、面り此の経を聞しに、此れ、羅什の翻訳の詞、及び義理に等くして、違ふ事無し。我れ、此の読誦の音を聞くに、心身清涼なる事を得たり。喜ぶ所也。然れども、新訳の経は、猶、文詞、甚だ美也と云へども、義理淡く薄し。然れば、汝ぢ、猶旧訳の経を持つべし」と。亦、毘沙門天、経巻を与へ給ふと見て、夢覚ぬ。 其の後は、僧、旧訳の経も并べて、同じく誦持しけりとなむ、語り伝へたるとや。