今昔物語集 ====== 巻14第27話 阿波国人謗写法花人得現報語 第廿七 ====== 今昔、阿波の国名方の郡埴の村に一人の女人有けり。字を夜須古と云けり。白壁の天皇((光仁天皇))の御代の事也。 此の女、願を発して、「法花経を写奉らむ」と思ふ心有て、麻殖の郡の菀山寺にして、心を至て、人を以て法花経を写さしめむ。 而る間、其の郡に、忌部の連板屋と云ふ人有。此の人、彼の経を書かしむる女人を悪((「にくみ」底本異体字。りっしんべんに惡))て、女の過失を顕はして、誹謗を成す。而るに、板屋、忽に口喎(ゆがみ)て面戻(まが)れり。此れに依て、歎き悲む事限無し。然れども、遂に此れを悔ゆる心無くして、善を好まず。然れば、直る事無し。此れを見聞く人、「此れ偏に心を至して法花経を書奉れる人を謗り悪((「にく」底本異体字。りっしんべんに惡))む故也」と云ひけり。 此れを思ふに、法花経の文に違ふ事無し。心有らむ人は、専に法花経を読誦し書写せむ人をば仏の如く敬ふべし。努々軽め謗ずる事を止むべし。此れ勝れたる功徳也となむ、語り伝へたるとや。