今昔物語集 ====== 巻10第29話 震旦国王愚斬玉造手語 第廿九 ====== 今昔、震旦の□□((底本頭注「震旦ノノ下周トアルベシ」))の代に、一人の玉を造る者有けり。名をば卞和と云けり。 玉を造て、天皇に奉たりけるを、天皇、他の玉造を召て、此の玉を見せ給ければ、其の玉造、此の玉を見て、「此の玉は光も無くて、不用の物也」と申ければ、天皇、大きに嗔り給て、「何で、此る不用の物をば奉て、公をば欺ぞ」とて、其の本の玉造を召て、左の手を斬られにけり。 其の後、代替て、他の天皇、位に即き給て、亦、前の玉造を召て、玉を造らせ給ければ、造て奉たりけるを、前の天皇の如く、他の玉造を召て見せ給けるに、其の度も、亦、前の如く、「此の玉、光も無く、不用の物也」と申ければ、亦、前の如く、天皇、嗔り給て、此の度は右の手を斬られにければ、卞和、泣き悲む事限無し。 而る間、代替て、他の天皇、位に即き給ひぬ。卞和、尚懲りず、玉を造て、天皇に奉たりければ、亦、他の玉造を召て、見せ給て、「尚ほ、此れは様有らむ」と思し食て、瑩(みがか)せ給ければ、世に並び無く艶光を放て、照さぬ所無く照しければ、天皇、喜び給て、卞和に賞を給てけり。然れば、卞和、前の二代には、涙を流して泣き悲びけるに、三代と云ふに、賞を蒙てぞ喜にける。 此れに依て、世の人、前の二代の天皇をば、皆謗り申けり。今の天皇をば、「賢く御(おはし)けり」と、讃め申けり。 此れ、二代の天皇の、愚に御ける也。「尚、様有らむ」と思廻し給ふべきに、𠫤((「吝」の異体字))(たやす)く手を斬るが弊(つたな)き也。亦、卞和も、懲りず玉を奉ける、極て𠫤((「吝」の異体字))(あぶな)し。」前の二代には、既に左右の手を斬られぬ。此の度び、若し、二度の如く有ましかば、此の度は頸を斬られなまし」と、世の人疑けれども、卞和が誣(しひ)て奉るも、思ふ様こそは有けめ。 然れば、「万の事は、尚此く強く思ふべき也」とぞ、人、云けるとなむ、語り伝へたるとや。