成尋阿闍梨母集 ====== 二巻(9) 世の中いとどかき暗す心地して経をだに読みて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 世の中、いとどかき暗す心地して、経をだに読みて、念じ奉らむとすれど、それもいと苦しうて、読みもやられ給はず、日数のみ経るに、心の内に思ゆること、「これは罪にや」と恐しけれど、少しも慰めに、     一巻((『法花経』一巻の意。以下同じ。))   散りにける花の折り見ぬその憂きにいとどこずゑのはるかなるかな     二巻   塵払(ちりはら)ふ家のあるじもわかことや惑ひたる子はゆかしかりけむ     三巻   一つあめの下にぬれどもいかなればうるはぬ草のみとなりにけん     四巻   酔(ゑ)ひさめてのちにあはずはいかでかは衣(ころも)の裏の珠を知るべき     五巻   君にこそ二つの珠はまかせしか五つの障りとどめてきとて     六巻   愚かなる心とともと聞きしかどこははるかにぞいく薬なる     七巻   行く人は嬉しき船と思ふともとまれるかたのうらめしきかな     八巻   明け暮れば普(あまね)き門(かど)を頼みつつ出でにし人の入るをこそ待て     無量義経   量りなく重きを渡す船の師はまたこの岸を頼みてぞ待つ     普賢経   日にそへてそらおもいととたのむかなないたのつゆのみをもきやせと     無量義経   すぐれたる蓮(はちす)の上を願ふかな会ふはかりなき君を頼みて     小阿弥陀経   浅からず思ひそめたるいろいろの蓮(はちす)の上をいかが見ざらむ とこそは、頼みて過ぐし侍れ。 ===== 翻刻 ===== 世中いととかきくらす心地して経を たによみて念したてまつらんとすれと/s46l それもいとくるしうてよみもやられ給は す日かすのみふるにこころのうちに おほゆることこれはつみにやとおそろ しけれとすこしもなくさめに 一巻 ちりにける花のをりみぬそのうきに いととこすゑのはるかなるかな 二巻 ちりはらふいゑのあるしもわかことや まとひたるこはゆかしかりけん 三巻/s47r ひとつあめのしたにぬれともいかなれは うるはぬくさのみとなりにけん 四巻 ゑひさめてのちにあはすはいかてかは ころものうらのたまをしるへき 五巻 君にこそふたつのたまはまかせしか いつつのさわりととめてきとて 六巻 おろかなるこころとともとききしかと/s47l こははるかにそいくくすりなる 七巻 ゆく人はうれしきふねとおもふとも とまれるかたのうらめしきかな 八巻 あけくれはあまねきかとをたのみつつ いてにし人のいるをこそまて 无両き経 はかりなくおもきをわたすふねのしは またこのきしをたのみてそまつ/s48r ふけん経 日にそへてそらおもいととたのむかな ないたのつゆのみをもきやせと む量き経 すくれたるはちすのうへをねかふかな あふはかりなき君をたのみて 少阿弥陀経 あさからすおもひそめたるいろいろの はちすのうへをいかかみさらん とこそはたのみてすくしはへれ月の/s48l