成尋阿闍梨母集 ====== 二巻(4) 立ち別れ聞こえし日より落つる涙の絶え間に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 立ち別れ聞こえし日より、落つる涙の絶え間に、目も霧りて見えぬにも、目さへ見えずなりて、長らへむ命の、心憂く、今日にても死なまほしく待つに、いとわりなかりし心地にも、死なずなりにしも、いと心憂く思ゆ。 「よその人は、深く世をあはれと思ひたる気色にも、心一つのみわびしくて、わびては、これ、この世のことにあらじ、先の世に契りおきてこそ、仇敵(あたかたき)なることもあんなれ、これは多くの年ごろ、飽かぬことなくて、あらせ給へるかぎりの、ありける月日のかぎりにや」と思ひなせど、心の中は、慰(なぐさ)む方なくて、今は、ただ律師(りし)一人あつかひ給ふぞ、いとほしく思ゆる。 よろづにつけて恋しく、「などて、ただ、いみじき声を出して泣きまどひても、ひかへとどめ聞こえずなりにけむ」と悔しうぞ。「日ごろ仏に申すは、『いたくな思ひ泣かせ給ひそ』とのたまひし験(しるし)に、仏、まどひて出だしやり奉りたるなめり」とぞ、心憂く思ゆる。 「いかにも、必ず詣(ま)で来て、おはし・おはせず、見むとす」と言ひ置かれし。   遥かにとたち別れにし唐衣きて見るまでは経(ふ)べきわが身か ただ、夜昼泣くよりほかのことなくて、涙のみぞ、尽きせぬ身を知るたぐひにて、暮し明かさるる。   言ふかひもなみだの川に沈みたるみをも誰かは深くたづねん ===== 翻刻 ===== たちわかれきこえし日よりおつるなみ たのたえまにめもきりてみえぬ にもめさへみえすなりてなからへん いのちのこころうくけふにてもし なまほしくまつにいとわりな かりし心地にもしなすなりにしも いと心うくおほゆよその人はふかく/s34l 世をあはれとおもひたるけしきにも こころひとつのみわひしくてわひて はこれこのよのことにあらしさきの よにちきりおきてこそあたかた きなることもあんなれこれはおほくの としころあかぬことなくてあらせ 給へるかきりのありける月日のかき りにやとおもひなせとこころの中は なくさむかたなくていまはたたりし ひとりあつかひたまふそいとおし/s35r くおほゆるよろつにつけてこひ しくなとてたたいみしきこゑを いたしてなきまとひてもひかへととめ きこえすなりにけんとくやしうそ 日ころ仏に申すはいたくなおもひな かせたまひそとのたまひししるし にほとけまとひていたしやりたて まつりたるなめりとそこころうく おほゆるいかにもかならすまてきて おはしおはせすみんとすといひおかれし/s35l はるかにとたちわかれにしから衣 きてみるまてはふへきわか身か たたよるひるなくよりほかのことなく てなみたのみそつきせぬ身をし るたくひにてくらしあかさるる いふかひもなみたのかはにしつみたる 身をもたれかはふかくたつねん/s36r