成尋阿闍梨母集 ====== 一巻(1) 延久三年正月三十日 ====== ===== 校訂本文 =====   延久三年正月三十日 仁和寺に渡りて、思ひ乱るる南面(みなみおもて)に、梅花いみじう咲きたるに、鶯の鳴きしかば、   なくなくもあはれなるかな枝々に木伝(こづた)ふ春の鶯の声 なほ、申文(まうしぶみ)にて、内にも参らせまほしう、   雲の上ぞのどけかるべき万代(よろづよ)に千世かさねますももしきの君 はかなくて、過ぎ侍りにける年月のことども、をかしうも、あやしきも、数知らず積り侍りにけれど、それを記し置きて、人の見るべきことにも侍らぬを、年八十になりて、世にたぐひなきことの侍れば、心一つに見侍るが、しばし書き付けてみ侍まほしうて。 ===== 翻刻 ===== 延久三年正月卅日 仁和寺にわたりて思ひみたるるみな みおもてに梅花いみしうさき たるにうくひすのなきしかは なくなくもあはれなるかなえたえたに こつたふはるのうくひすのこゑ 猶申ふみにて内にもまいらせまほしう 雲のうへそのとけかるへきよろつよに 千世かさねますももしきの君 はかなくてすきはへりにけるとし月/s4l のことともをかしうもあやしきもか すしらすつもりはへりにけれとそ れをしるしおきて人の見るへき ことにもはへらぬを年八十になりて よにたくひなきことのはへれは心ひと つにみはへるかしはしかきつけてみ 侍まほしうて子はふたりそりし/s5r