十訓抄 第八 諸事を堪忍すべき事 ====== 8の2 三条内大臣御もとに客人まうで来たりけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 三条内大臣((藤原公教))、御もとに、客人まうで来たりけるに、隣に公重の少将((藤原公重))の居られたりけるが、この殿の侍と、ものをいひあがりて、大つぶて打ちける。 ものは、そひ給ひたるかたはらの格子を、いとおびただしく打ちたりければ、客人、気色思えけるに、人を召して、「誰(た)が打つぞ」と問はせ給ひければ、「隣の少将の、はかなきことをとがめて、打ち候ふ」と申しければ、うち笑みて、客人に、「内へ入らせ給へ。あやまちもぞ出で来る」とて、われも引き入り給ひけり。 また、のちに打ちたりければ、「かしこくぞ」とばかりうち言ひて、「これ、いかに」と、とがめもし給はず、物語しておはせし。「上臈はかくこそ有るべけれ」と、「いみじくありがたかりし人なり」と、その客人のたまひけるなり。 今の世には、「不覚におはする」とや、そしり聞こえまし。この殿は、無下に道心のおはしけるとかや。 京極大納言雅俊卿((源雅俊))の、いみじく腹悪しくて、いつとなく歯((底本「歯」なし。諸本により補う。))を食ひつめて、怒りておはしけるには、似給はざりける人なり。 ===== 翻刻 ===== 一三条内大臣御モトニ、客人マフテキタリケルニ、隣ニ公重 ノ少将ノヰラレタリケルカ、コノ殿侍ト物ヲ云アカリ テ大ツフテウチケル物ハソヒ給タル傍ノ格子ヲ、イト オヒタタシク打タリケレハ、客人ケシキオホエケルニ、人ヲ メシテタカウツソト問セ給ケレハ、隣ノ少将ノハカナキ 事ヲトカメテ打候ト申ケレハ、ウチヱミテ、客人ニ、内ヘ 入セ給ヘアヤマチモソ出クルトテ、我モ引入給ケリ、又 後ニ打タリケレハ、賢クソトハカリウチ云テ、コレイカニト トカメモシ給ハス物語シテオハセシ、上臈ハカクコソ有/k6 ヘケレト、イミシク有カタカリシ人也ト、其客人ノ給ケ ル也、今ノ世ニハ不覚ニオハスルトヤソシリ聞ヘマシ此殿ハ 無下ニ道心ノオハシケルトカヤ、京極大納言雅俊卿ノ イミシク腹アシクテ、イツトナクヲクヒツメテ怒リテ オハシケルニハ似給ハサリケル人也、/k7