十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の10 禅林寺深覚僧正宇治殿へ消息を奉りて法蔵の破れて侍るに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 禅林寺深覚僧正、宇治殿((藤原頼通))へ消息を奉りて、「法蔵の破(やぶ)れて侍るに、修理してたまはらむ」と申されたりければ、家司それがしに仰せ付けられて、まづ損色を取らせにつかはしたりければ、僧正、この由を聞き給ひて、かの使ひを前に呼び寄せて、「『いかにかく不覚におはしますぞ。かくては君の御後見((底本「御」衍字。))はせさせ給ひなんや』と申せ 」とありければ、御使ひ、帰り参りて、「法蔵の破れたるほども見せられ候はず。ただ御前に召されて、かうかうなん申せと侍る」と申しければ、殿も心得ず思しけるほどに、年老いたる女房候ひけるが、「あはれ、御腹の内の損じたるを、法蔵とのたまへるにこそ」と申しければ、「さもあらむ」とて、魚のあはせ、いみじく調へて、つかはしたりければ、「材木給ひて、法蔵の破れつくろひ侍りぬ」とぞ、申されける。 思ひはかり深きたぐひ、かくのごとし。 ===== 翻刻 ===== 十禅林寺深覚僧正宇治殿ヘ消息ヲ奉テ、法蔵ノ ヤフレテ侍ニ、修理シテ給ハラムト申サレタリケレハ、 家司ソレカシニ仰付ラレテ、先損色ヲトラセニ遣シ タリケレハ、僧正此由ヲ聞給テ、彼ツカヒヲ前ニヨヒ ヨセテ、イカニカク不覚ニオハシマスソ、カクテハ君ノ御 御後見ハセサセ給ナンヤト申ト有ケレハ、御使帰リ 参テ、宝蔵ノ破タル程モミセラレ候ハス、只御前ニ/k125 召レテ、カウカウナン申セト侍ト申ケレハ、殿モ心得スオホ シケルホトニ年老タル女房候ケルカ、アハレ御腹ノ 内ノ損タルヲ法蔵トノ給ヘルニコソト申ケレハ、サモ有ラ ムトテ魚ノアハセイミシク調テ遣ハシタリケレハ、材木 給テ法蔵ノヤフレツクロヒ侍ヌトソ申サレケル、思ハカ リ深キタクヒ如此、/k126