十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の6 嵯峨帝の御時無悪善と書きける落書ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 嵯峨帝の御時、「無悪善」と書きける落書ありけり。 野相公((小野篁))に見せらるるに、「さがなくてよし」と詠めり、「悪」は「さが」といふ読みのあるゆゑ、御門の御気色悪しくて、「さては臣が所為か」と仰せられければ、「かやうの御疑ひ侍るには、智臣、朝にすすみがたくや」と申しければ、御門、   一伏三仰不来待   書暗降雨恋筒寝 と書かせ給て、「これを読め」とて賜はせけり。   月夜には来ぬ人待たるかきくらし雨も降らなん恋ひつつも寝ん と読めりければ、御気色直りにけりとなむ。 「落し文は、読むところに咎(とが)あり」といふこと、これより((底本「これ」なし。諸本により補う。))始まるとかや。童(わらはべ)の、うつむきさいといふものに、「一つ伏して、三つ仰げる」を「月夜」といふなり。 そもそも、この歌、『古今集』に、「よみ人知らず」とて入りて、嵯峨帝より、後人詠みたらば、この儀にかなはず。もし、御門、初めて作り出で給へるを、かの集に入れたるにや。また、前代より人の読みおける古歌か。不審なり。 ===== 翻刻 ===== 六嵯峨帝御時無悪善ト書ケル落書アリケリ、野相 公ニミセラルルニ、サカナクテヨシトヨメリ、悪ハサカト云ヨ ミノアルユヘ、御門ノ御気色アシクテ、サテハ臣カ所 為カト仰ラレケレハ、カヤウノ御ウタカヒ侍ニハ智臣朝 ニススミカタクヤト申ケレハ、御門 一伏三仰不来待、書暗降雨恋筒寝、 トカカセ給テ、是ヲヨメトテ給ハセケリ、 月夜ニハコヌ人マタルカキクラシ雨モフラナンコ ヒツツモネン、 トヨメリケレハ、御気色ナヲリニケリトナム、オトシ文ハヨ ム所ニトカ有ト云事ヨリ始ルトカヤ、ワラハヘノウツム/k121 キサイト云物ニ、一ツフシテ三アフケルヲ月夜ト云也、 抑此哥古今集ニ、ヨミ人不知トテ入テ、嵯峨帝ヨリ 後人ヨミタラハ此儀ニカナハス若御門始テ作出給 ヘルヲ彼集ニ入タルニヤ、又前代ヨリ人ノ読ヲケル 古哥歟不審也、/k122