十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の4 六条前斎院ときこへさせ給ける宮の御所に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 六条前斎院((禖子内親王))ときこへさせ給ける宮の御所に、いみじき懸りを植ゑられたりけり。三月の始めつかた、その道の上達部・殿上人、あまた参りて、鞠つかうまつりけるに、夕べになりて、公卿の座に雪を土器(かはらけ)に盛りて、主殿司(とのもづかさ)して、据ゑ置かれけるを、雪とも見分かざりけるにや、「鞠の座に食物をすすめらるること、そのためしまれなり。いかやうにか」とあやしみ申して、おのおの出でられにけり。 ある有識(いうそく)、のちにこのことを聞きて、「いみじくこそ、雪をば出だされにけり。さることあるらんとも知らで、近く寄りて見る人のなかりける、ゆゆしき恥なり。また、鞠の時、雪を出さるる、さだまれる式なれども、ことさらに土器に盛られたりけるは、人の心をはかりて御覧ぜんとの御しわざなり」とぞ申しける。 宮の御高名、鞠足の不覚にてぞありける。 ===== 翻刻 ===== 四六条前斎院トキコヘサセ給ケル宮ノ御所ニ、イミシキ カカリヲ殖ラレタリケリ、三月ノ始メツカタ、其道ノ 上達部殿上人アマタ参テ、鞠ツカフマツリケルニ、夕 ヘニナリテ、公卿座ニ雪ヲカハラケニモリテ、トノモ ツカサシテ、スヘヲカレケルヲ、ユキトモ見ワカサリケル ニヤ、鞠ノサニ食物ヲススメラルル事ソノタメシマレナ リ、何様ニカトアヤシミ申テ、各出ラレニケリ、或有識 後ニ此事ヲ聞テ、イミシクコソ雪ヲハ出サレニケ リ、サル事アルラントモシラテ、近クヨリテ見ル人 ノナカリケル、ユユシキ恥也、又マリノ時雪ヲ出/k119 サルル定レル式ナレトモ、コトサラニ、カハラケニモラ レタリケルハ、人ノ心ヲハカリテ御ラムセントノ御シハ サナリトソ申ケル、宮ノ御高名、鞠足ノ不覚ニテ ソアリケル、/k120