十訓抄 第五 朋友を撰ぶべき事 ====== 5の8 すべて妻を定むること、法令の教へあり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== すべて妻を定むること、法令の教へあり。 淳和御門の御代に、夏野の大臣(おとど)((清原夏野))承りて、律令をぬき定むる時、男女の振舞を分かち、ことはらるるうちに、妻を去らぬ道三つ、去るべき道七つあり。 その三つにいふは、 一には、男の父母に仕へて、命絶ふる時。夫、もろともに愁へ悲しめる女。 二には、貧賤の時、仕へ随(したが)へる女。富栄えて後、去るべからざるなり。 三には、妻の父母生ける時、得る女をば、その父母死して後去らず。所得ありて、返す所なきゆゑなり。 その七つにいふは、 一には、男の父母のために、横なる妻。 二には、間夫したる妻。 三には、心強(こは)き妻。 四には、もの妬みする妻。 五には、盗みする妻。 六には、子なき妻。その末(すゑ)絶えんことを愁ふべきゆゑなり。 七には、悪しき病ある妻なり。 この七つの失あらむ女には、近づくべからず。ただし、子なきはさしたる咎(とが)にはあらず。 また、「君一人、臣を選ぶべからず。臣、また君を選ぶべし」といふことあれば、女もよく男を選ぶべきにあたれり。ゆゑに白居易は、井の底の瓶の喩へを引きて、「少人の家の女、慎みて身をもて、軽々(かろがろ)しくゆるすことなかれ」と言ひおかれ、長谷雄卿((紀長谷雄))は「貧女吟」を作りて、「男を選ばんには、心を見よ。人を見ることなかれ」と教へ給へり。 中にも、あるまじからむ振舞は、よくよく慎むべし。 ===== 翻刻 ===== リナラン女ヨシナクコソスヘテ妻ヲ定ムル事 法令ノヲシヘアリ、 八淳和御門ノ御代ニ、夏野オトト承テ律令ヲ ヌキ定ル時、男女ノ振舞ヲワカチコトハラルル 内ニ妻ヲ不去道三ツ、可去道七アリ、其三云/k13 ハ、一ニハ男ノ父母ニ仕テ命タフル時、夫諸共ニ愁 悲メル女、二ニハ貧賤ノ時仕ヘ随ヘル女、冨栄テ 後不可去也、三ニハ妻父母生ル時得女ヲハ其 父母死シテ後不去、所得有テ返所ナキ故也 其七ニ云ハ、一ニハ男ノ父母ノタメニ横ナル妻二ニ ハ間夫シタル妻、三ニハ心コハキ妻、四ニハ物ネタ ミスル妻、五ニハ盗スル妻、六ニハ子ナキ妻、ソノスエ タエン事ヲ可愁故也、七ニハアシキ病アル妻也、 此七ノ失アラム女ニハ近ツクヘカラス、但子ナ キハサシタル咎ニハアラス、又君ヒトリ臣ヲ不可 撰、臣又君ヲ可撰ト云事アレハ女モヨク男/k14 ヲエラフヘキニアタレリ、故ニ白居易ハ井ノ 底ノ瓶ノタトヘヲ引テ、少人ノ家ノ女ツツ シミテ身ヲモテカロカロシクユルス事ナカレト 云ヲカレ長谷雄卿ハ貧女吟ヲツクテ男ヲ 撰ハンニハ、心ヲミヨ人ヲ見ル事ナカレトヲシヘ 給ヘリ、中ニモアルマシカラム振舞ハ、ヨクヨクツ ツシムヘシ、/k15