十訓抄 第四 人の上を誡むべき事 ====== 4の14 花園大臣の御もとにはじめて参りたる侍の名簿の端書に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 花園大臣((源有仁))の御もとに、はじめて参りたる侍の、名簿の端書(はしがき)に、「能は歌詠み」と書きたりけり。 殿の、秋の初に南殿に出でて、機織(はたおり)の鳴くを愛しておはしけるに、暮れければ、「下格子に人参れ」と仰せられける。「蔵人五位、たがひて人も候はぬ」と申して、この侍の参りたるを、「ただ、おのれ下せ」とありければ、参りたるに、「汝は歌詠みとな」とありければ、かしこまりて、格子下しさして候ふに、「この機織をば聞くや。一首つかまつれ」と仰せられければ、「青柳の」と五文字を出だしたるを、候ひける女房たち、「折に合はず」と思したりげにて、笑ひ出でたりけるを、「ものを聞き果てず、笑ふやうやはある」と仰せられて、「とくつかまつれ」と仰せられければ、   青柳の緑の糸を繰り返し、夏経て秋ぞ機織(はたおり)は鳴く と詠みたりければ、萩織りたる直垂を押し出だして、賜はせてけり。 ===== 翻刻 ===== 花園大臣ノ御許ニ、始テ参タル侍ノ名簿ノハシカキ ニ能ハ哥読ト書タリケリ、殿ノ秋ノ初ニ南殿ニ出 テ、ハタヲリノナクヲ愛シテオハシケルニ、暮ケレハ下 格子ニ人マイレト仰ラレケル、蔵人五位タカヒテ人モ候 ハヌト申テ、此侍ノ参タルヲ、只ヲノレオロセト有ケレ/k165 ハ参タルニ、汝ハ哥ヨミトナト有ケレハ、畏テ格子オロ シサシテ候ニ、此ハタヲリヲハ聞ヤ、一首ツカマツレト被仰 ケレハ、青柳ノト五文字ヲ出シタルヲ、候ケル女房達折 ニ合ハスト思タリケニテ、咲ヒ出タリケルヲ、物ヲ聞ハ テス咲フヤウヤハアルト被仰テ、トク仕レト仰ラレ ケレハ、 青柳ノミトリノ糸ヲクリカヘシ、夏ヘテ秋ソハタヲリハ鳴、 ト読タリケレハ、萩ヲリタル直垂ヲヲシ出テ給ハセ テケリ、/k166