十訓抄 第四 人の上を誡むべき事 ====== 4の5 文範民部卿余慶僧正を貴き僧とて人の妻をするよと・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 文範民部卿((藤原文範))、余慶僧正を、「貴き僧とて、人の妻をするよ」と言ひてけり。僧正、このよし聞きて、たちまちに民部卿のもとへ渡られにけり。 民部卿、その心を得て、所労のよしを言ひて、会はざりければ、僧正、「なほ大事なること。みづから聞こえむ」とありければ、出でざりけるほどに、「さは、投出せ」と((底本「投出下」。諸本により訂正。))加持せられければ、屏風の上より投げ出だされて、まどひくるめきける時、僧正、「さこそ」とて帰られけり。 文範は三日ばかり死にたるやうにて、悩み臥したりけり。これによりて、子ども引き具して、二子を僧正に奉りて、命生けにけり。 ===== 翻刻 ===== 文範民部卿余慶僧正ヲ貴キ僧トテ人ノ妻ヲスルヨ ト云テケリ、僧正此由聞テ、忽ニ民部卿ノモトヘ渡ラレ ニケリ、民部卿其心ヲ得テ所労ノ由ヲ云テ値サリ ケレハ、僧正猶大事ナル事自聞ムト有ケレハ、出サ/k155 リケル程ニ、然者投出下加持セラレケレハ、屏風ノ上ヨ リ投出レテマトヒクルメキケル時、僧正サコソトテ帰 ラレケリ、文範ハ三日ハカリ死タルヤウニテ悩ミフシタ リケリ、依之子共引具テ二子ヲ僧正ニ奉テ命 イケニケリ、/k156