十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の56 同院年経世変りてのち秋の夕暮に階近く出でさせ給ひて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 同院((皇嘉門院藤原聖子。[[s_jikkinsho01-55|前話]]参照))、年経(へ)、世変りてのち、秋の夕暮に階(はし)近く出でさせ給ひて、前栽御覧ぜられけるに、いにしへを思ひ出でて、「三条殿に虫の鳴きしこそ」と仰せ出だされたりければ、人々静まりて、あはれに思ひ合へりけるに、右大弁と聞こゆる人、御前に候ひけるが、「いかに鳴き候ひけるぞ」と申したりければ、「『いい』とこそは」と仰せられけるに、ことさめて、御前なる人、笑ひけり。 申しがたきことを申したる女房なり。 ===== 翻刻 ===== 同院年ヘ世カハリテ後、秋ノ夕暮ニハシチカク出サセ 給テ、前栽御覧セラレケルニ、古ヘヲ思出テ、三条殿ニ虫 ノ鳴シコソト仰出サレタリケレハ、人々シツマリテ哀ニ 思アヘリケルニ、右大弁ト聞ル人御前ニ候ケルカ、イカニ鳴 候ケルソト申タリケレハ、イイトコソハト仰ラレケルニ事 サメテ御前ナル人咲ヒケリ、申カタキ事ヲ申タ ル女房也、我其能アリト思ヘトモ、人々ニユルサレ世ニ所/k98