十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の35 平等院僧正行尊は出世の貴きのみにあらず・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 平等院僧正行尊は、出世の貴きのみにあらず。世間の心ばせもいみじかりけり。 鳥羽院の御持僧にて、常には内裏に候ふに、つれづれなる日、御遊びありけり。花園左大臣(有仁)((「有仁」は小書。源有仁。))琵琶、宰相中将(宗輔)((「宗輔」は小書。藤原宗輔。))箏、楽人時元((豊原時元))笛、女房和琴、主人御笛なり。 大臣共人、中務少輔忠宗((源忠宗))を庭に召して篳篥つかまつる。平調より大食調、残りなく尽されけり。「千載の一遇なり」となむ、中務申しける。 この僧正、並びに法性寺座主仁実、御前に候ふ。御遊の半ばほど、玄象の三緒切れたりけるに、僧正、懐(ふところ)より琵琶の緒を取り出でて奉りければ、大臣、これを取りて、終夜(よもすがら)弾き、暁方(あかつきがた)に人々罷り出でにけり。 昔、宇多法皇、大井川に幸の日、泉大将((藤原定国))の烏帽子落したりけるに、如無僧都((底本「如夢僧都」))、三衣箱より取り出でたりけんに、劣らずこそ聞ゆれ。 ===== 翻刻 ===== 平等院僧正行尊ハ出世ノ貴ノミニ非ス、世間ノ心ハ セモイミシカリケリ、鳥羽院御持僧ニテ常ニハ内裏 ニ候ニツレツレナル日御遊有ケリ、花薗左大臣(有仁)比巴宰 相中将(宗輔)箏楽人時元笛女房和琴主人御笛也 大臣共人中務少輔忠宗ヲ庭ニ召テ篳篥ツカマ ツル平調ヨリ大食調残ナクツクサレケリ、千載之一 遇ナリトナム中務申ケル、此僧正并法性寺座主仁/k69 実御前ニ候御遊ノナカハ程玄象ノ三緒キレタリケ ルニ、僧正懐ヨリ比巴ノ緒ヲ取出テ奉リケレハ、大臣是 ヲ取テ終夜ヒキ暁方ニ人々罷出ニケリ、昔宇多法 皇大井河ニ幸ノ日泉大将ノ烏帽子オトシタリケル ニ、如夢僧都三衣箱ヨリ取出タリケンニヲトラスコ ソ聞レ、/k70