今物語 ====== 第52話 ある説経師の請用してことにめでたく貴く説法せむと・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある説経師の、請用して、ことにめでたく貴く説法せむとしけるに、筥(はこ)のしたかりければ、こと忙しくなりて、よろづ急ぎて、布施も取り取らず帰りて、物脱ぎ散らして、急ぎ樋殿(ひどの)へ行きたりけるに、屁ばかりひりて、また、物もなかりけり。 「かかるべしと知りたらば、高座の上にても、しばしこらへて、説経をもすべかりけるものを」と悔しく思ひてけるほどに、その次((底本「吹」。諸本により訂正))の日、また人に呼ばれて説経しけるほどに、また筥のしたかりけるを、「すかしてむ」と思ひて、すこし居直る様にしければ、まことの物多く出でにけり。 この僧、すべきかたなくて、「昨日は筥にすかされて、屁をつかまつる。今日は屁にすかされて、筥をつかまつる」と言ひて、走り下りて、逃げ出でにければ、上の袴より垂り落ちて、堂の内、汚なくなりにけり。聴聞の人、鼻を抑へて興醒めてけり。 いとをかしかりけり。 ===== 翻刻 ===== ある説経師の請用してことにめてたくたうとく説法 せむとしけるにはこのしたかりけれは事いそかしく成て よろついそきて布施もとりとらすかへりて物ぬきちら していそきひとのへ行たりけるにへはかりひりて又物も なかりけりかかるへしとしりたらは高座のうへにてもしはし こらへて説経をもすへかりける物をとくやしくおもひてける ほとにその吹の日又人によはれて説経しけるほとに又はこ/s29l のしたかりけるをすかしてむとおもひてすこしゐなをる様 にしけれはまことの物おほく出にけりこの僧すへきかた なくて昨日ははこにすかされてへをつかまつるけふはへに すかされてはこをつかまつるといひてはしりおりてにけいて にけれはうへのはかまよりたりおちて堂のうちきたなくなり にけり聴聞の人はなをおさへてけうさめてけりいとおか しかりけり/s30r