今物語 ====== 第47話 松島の上人といふ人ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 松島の上人といふ人ありけり。修行者の「会はむ」とて、行きたりけるに、幽玄なる僧の出で会ひたりければ、いと思はずに思えて、帰り入りたりける跡に、またありける僧に、「あれは誰にておはしますにか」と尋ねければ、「あれこそ聖(ひじり)の御房よ」と言ひけるに、「『貴げになむどやおはしますらむ』とこそ、思ひつれ」と言ふを、聖、物越しに聞きて詠める歌、   紫の雲まつ島に住めばこそ空聖(そらひじり)とも人の言ふらめ と詠めりけり。 この聖のもとへ、肥後の右衛門入道といひける物行きて、「かくておはしますほど、何事か候ふ」と尋ねければ、「させることも侍らず。法華経なと覚え奉りて、寝たる折り折り、この島の松の葉ごとに、金色の光の見えて、輝くことなどぞ侍る」と言はれける、いとめでたかりけり。 ===== 翻刻 ===== 松島の上人といふ人ありけり修行者のあはむとて行 たりけるに幽玄なる僧のいてあひたりけれはいとおもはす におほえて帰いりたりける跡に又ありける僧にあれはたれ にておはしますにかとたつねけれはあれこそひしりの御房 よといひけるにたうとけになむとやおはしますらむとこそ/s28r おもひつれといふをひしり物こしにききてよめる哥 紫の雲まつ島にすめはこそ空ひしりとも人のいふらめ とよめりけりこのひしりのもとへ肥後の右衛門入道といひ けるもの行てかくておはします程何事か候と尋けれは させる事も侍らす法花経なとおほえたてまつりてねたる おりおりこの島の松のはことに金色の光のみえてかか やく事なとそ侍るといはれけるいとめてたかりけり/s28l