今物語 ====== 第40話 近頃和歌の道ことにもてなされしかば内裏仙洞摂政家・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 近頃、和歌の道、ことにもてなされしかば、内裏・仙洞・摂政家、いづれもとりどりに底を極めさせ給へり。 臣下あまた聞こえし中に、治部卿定家((藤原定家))・宮内卿家隆((藤原家隆))とて、家の風絶ゆることなく、その道に名を得たりし人々なりしかば、この二人にはいづれも及ばざりけるに、ある時、摂政殿、宮内卿を召して、「当時、正しき歌詠み多く聞こゆる中に、いづれか優れ侍る。心に思はむやう、ありのままに」と御尋ねありければ、「いづれとも分きがたく候ふ」とばかり申して、思ふやうありげなるを、「いかに、いかに」と、あながちに問はせ給ひければ、懐(ふところ)より畳紙(たたうがみ)を落して、やがて出でにけり。 御覧ぜられければ、   明けばまた秋のなかばも過ぎぬべしかたぶく月の惜しきのみかは と書きたり。この歌は治部卿の歌なり。かかる御尋ねあるべしとは、いかでか知るべき。ただ、もとよりおもしろく思えて、書き付けて持たれけるなめり。 その後、また治部卿を召して、先のやうに尋ねらるるに、これも申しやりたる方なくて、   かささぎの渡すやいづこ夕霧の雲居に白き峰の梯(かけはし) と、高やかに詠みて出でぬ。これは宮内卿の歌なりけり。まめやかの上手の心は、されば、一つなりけるにや。 ===== 翻刻 ===== ちかころ和哥のみちことにもてなされしかは内裏仙洞摂 政家いつれもとりとりにそこをきはめさせたまへり臣下/s25r あまたきこえしなかに治部卿定家宮内卿家隆とて 家の風たゆる事なくそのみちに名をえたりし人々 なりしかはこの二人にはいつれもをよはさりけるにある 時摂政殿宮内卿をめして当時たたしき哥よみおほく きこゆるなかにいつれかすくれ侍る心におもはむやうありの ままにと御たつね有けれはいつれともわきかたく候とはかり 申ておもふやうありけなるをいかにいかにとあなかちにとは せたまひけれはふところよりたたうかみをおとして やかて出にけり御覧せられけれは 明は又秋のなかはも過ぬへしかたふく月のおしきのみかは とかきたりこの哥は治部卿の哥なりかかる御たつね有べし とはいかてかしるへきたたもとよりおもしろくおほえて書付 てもたれけるなめりそののち又治部卿をめしてさきの/s25l やうにたつねらるるにこれも申やりたるかたなくて かささきのわたすやいつこ夕霧の雲井にしろきみねの梯 とたかやかに詠ていてぬこれは宮内卿の哥なりけりま めやかの上手の心はされはひとつなりけるにや/s26r