今物語 ====== 第37話 少輔入道と聞こえし歌詠みの有馬の社に詣でて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 少輔入道((寂蓮))と聞こえし歌詠みの、有馬の社に詣でて、社の前なる物を見て、   この山のししいかめしく見ゆるかないかなる神の広前(ひろまへ)ぞこは と詠めりける。いと興ありてこそ聞こえけれ、びんなき様にてぞ聞こゆる。 すべて、かやうの歌、いみじく詠まれけるとかや。 寄鳥述懐の歌に、   このうちもなほうらやまし山雀(やまがら)の身のほどかくす夕顔の宿 風の気(け)ありて灸治しけるに、人のとぶらひて侍りける返事に、   年経たる風の通ひ路たづねずは蓬(よもぎ)が関をいかが据ゑまし この人失せて後、宇治なる僧の夢に、ありしよりことのほかに呆けたる様にて   我身いかにするがの山のうつつにも夢にも今はとふ人のなき とながめてける、いとあはれなり。この歌の様、うつつにその人の好まれし姿なるこそ、まことにあはれに侍りけれ。 ===== 翻刻 ===== 少輔入道ときこえし哥よみのありまの社にまうてて社の前なる物をみて 此山のししいかめしくみゆるかないかなる神のひろまへそこは とよめりけるいと興ありてこそきこえけれひんなきさまにて そきこゆるすへてかやうのうたいみしくよまれけるとかや 寄鳥述懐の哥に このうちも猶うらやまし山からの身の程かくす夕かほの宿/s24r 風のけありて灸治しけるに人のとふらひて侍りける 返事に 年へたる風のかよひちたつねすはよもきか関をいかかすへまし この人うせて後うちなる僧の夢に有しより事のほか にほけたるさまにて 我身いかにするかの山のうつつにも夢にも今はとふ人のなき となかめてけるいとあはれなりこの哥のさまうつつにその 人のこのまれしすかたなるこそまことにあはれに侍りけれ/s24l