今物語 ====== 第18話 伏見中納言といひける人のもとへ西行法師・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 伏見中納言((源師仲))といひける人のもとへ、西行法師、行きて訪ねけるに、主(あるじ)は歩(あり)き違(たが)ひたるほどに、侍の出でて、「何事言ふ法師ぞ」と言ふに、縁に尻かけて居たるを、「けしかる法師の、かく痴(し)れがましきよ」と思ひたる気色にて、侍ども、睨(にら)みおこせたるに、簾(みす)の内に箏(しやう)の琴にて秋風楽を弾きすましたるを聞きて、西行、この侍に、「物申さむ」と言ひければ、「憎し」とは思ひながら、立ち寄りて、「何事ぞ」と言ふに、「簾の内へ申させ給へ」とて、   ことに身にしむ秋の風かな と言ひ出(で)たりければ、「憎き法師の言ひごとかな」とて、かまちを張りてけり。西行、はうはう帰りてけり。 後に、中納言の帰りたるに、「かかる痴れ物こそ候へつれ。張り伏せ候ひぬ」とかしこ顔に語りければ、「西行にこそありつらめ。不思議のことなり」とて心憂がられけり。 この侍をば、やかて追ひ出してけり。 ===== 翻刻 ===== 伏見中納言といひける人のもとへ西行法師ゆきて たつねけるにあるしはありきたかひたるほとにさふら/s13r ひのいてて何事いふ法師そといふにゑんにしりかけ てゐたるをけしかるほうしのかくしれかましきよとおもひ たるけしきにて侍ともにらみおこせたるにみすのう ちにしやうのことにて秋風楽をひきすましたるをきき て西行このさふらひに物申さむといひけれはにくし とはおもひなから立よりて何事そといふに みすのうちへ申させたまへとて ことに身にしむ秋の風かな といひてたりけれはにくきほうしのいひ事かなとて かまちをはりてけり西行はうはう帰りてけりのちに 中納言のかへりたるにかかるしれ物こそ候へつれはり ふせ候ぬとかしこかほにかたりけれは西行にこそあり つらめふしきの事なりとて心うかられけり此さふらひ/s13l ひをはやかておひ出してけり/s14r