今物語 ====== 第17話 ある所にてこの世の連歌の上手と聞こゆる人々・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある所にて、この世の連歌の上手と聞こゆる人々、寄り合ひて連歌しけるに、その門の下に、法師のまことにあやしげなる、頭(かしら)はをつかみに生ひて、紙衣(かみぎぬ)のぼろぼろとあるうち着たるが、つくづくとこの連歌を聞きてありければ、「何ほどのことを聞くらん」と、「をかし」と思ひて侍るに、この法師、やや久しくありて、内へ入りて縁の際(きは)に居たり。 人々、「をかし」と思ひてあるに、はるかにありて、「賦物(ふしもの)は何にて候やらん」と問ひければ、そのなかにちと荒涼(くわうりやう)なる者にて有りけるやらむ、あまりにをかしく、あなづらはしきままに、何となく、   「『括(くく)りも解かず足も濡らさず』 と言ふぞ」と言ひたりければ、この法師、うち聞きて、二三度ばかり詠じて、「おもしろく候ふ物かな」と言ひければ、「いとどをかし」と思ふに、「さらば、恐れながら付け候はん」とて、   名にしほふ花の白河渡るには と言ひたりければ、言ひ出だしたりける人を始めて、手を打ちてあさみけり。さて、この僧は、「暇(いとま)申して」とてぞ、走り出でける。 後に、このこと京極中納言((藤原定家))、聞き給ひて、「いかなる者にかと、返す返すゆかしくこそ。いかさまにても、ただ者にてはよもあらじ。当世は、これほどの句など付くる人は有り難し。あはれ、歌詠みの名人たちは、ぞくかうかきたりけるものかな。世の中のやうに恐ろしき物あらじ。よきもあしきも、人を侮(あなど)ること、あるまじきこと」とぞ言はれける。 ===== 翻刻 ===== ある所にてこの世の連哥の上手ときこゆる人々より あひて連哥しけるにその門のしたに法師のまことに あやしけなるかしらはをつかみにおひてかみきぬの ほろほろとあるうちきたるかつくつくとこの連哥をきき てありけれは何ほとの事をきくらんとおかしと おもひて侍るにこのほうしややひさしくありてうちへ いりてゑんのきはにゐたり人々おかしとおもひてあるに はるかにありてふし物は何にて候やらんととひけれは そのなかにちとくわうりやうなるものにて有けるやらむ あまりにおかしくあなつらはしきままに何となく くくりもとかすあしもぬらさす といふそといひたりけれはこの法師うちききて二三度は かり詠しておもしろく候物かなといひけれはいととおかしと/s12l おもふにさらはおそれなからつけ候はんとて 名にしほふ花の白河わたるには といひたりけれはいひいたしたりける人をはしめて 手をうちてあさみけりさてこの僧はいとま申してとて そ走いてける後にこの事京極中納言きき給て いかなるものにかと返々ゆかしくこそいかさまにてもたたも のにてはよもあらし当世はこれほとの句なとつくる人は ありかたしあはれ哥よみの名人たちはそくかうかき たりけるものかな世中のやうにおそろしき物あらし よきもあしきも人をあなとる事あるましき事とそいは れける/s13r