今物語 ====== 第7話 大納言なりける人日ごろ心を尽されける女房のもとに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大納言なりける人、日ごろ心を尽されける女房のもとにおはして、物語りなどせられけるが、世に思ふやうならで、明け行く空もなほ心もとなかりければ、あからさまのやうにて、立ち出でて、随身に心を合はせて、「今しばしありて、『まことや、今宵は内裏の番にて候ふものを。もし、思し召し忘れてや』とおとなへ」と教へて、内へ入りぬ((底本、「うちいりぬ」。諸本により訂正。))。 そのままに、しばしありて、こちなげに随身いさめ申しければ、「さることあり。今宵はげに心おくれしにけり」とて、とりあへず急ぎ出でんとせられける気色を見て、この女房、心得て、やがて、いと恨めしげなるに、をりふし雨のはらはらと降りければ、   降れや雨雲の通ひ路(ぢ)見えぬまで心そらなる人やとまると 優(いう)なる気色にて、わざとならずうち出でたりけるに、この大納言、何かのことはなくて、その夜泊まりにけり。 後までも、絶えず訪れられけるは、いとやさしくこそ。 かく申すは、後徳大寺左大臣((藤原実定))と聞こえし人のこととかや。 ===== 翻刻 ===== 大納言なりける人日ころ心をつくされける女房のもとに おはして物かたりなとせられけるか世におもふやうならて あけ行空も猶心もとなかりけれはあからさまのやう にてたちいてて随身に心をあはせていましはしありて まことやこよひは内裏の番にて候ものをもしおほし めしわすれてやとをとなへとをしへてうちいりぬその ままにしはしありてこちなけに随身いさめ申けれは さる事ありこよひはけに心をくれしにけりとてと/s8r りあへすいそきいてんとせられけるけしきをみてこの 女房心えてやかていとうらめしけなるにおりふし 雨のはらはらとふりけれは ふれや雨雲のかよひちみえぬまて心そらなる人やとまると いふなるけしきにてわさとならすうちいてたりけるに この大納言何かの事はなくてその夜とまりにけり 後まてもたえすをとつれられけるはいとやさしくこそ かく申は後徳大寺左大臣ときこえし人のこととかや/s8l